せっかくだから、俺はこの道を進むぜ!

「うわぁ! 凄く頑張ったんですね!」


「フッフッフ、俺達ならこのくらい余裕ですよ!」


「余裕のよっちゃんデス!」


(よっちゃん……?)


 相変わらず謎の人名を口にするゴレミをそのままに、俺は今日一日で狩ったジャイアントラットの魔石を、専用の袋からザラザラと……ジャラジャラではないことに悲哀を感じるが……計量皿に出しながら言う。するとリエラさんが笑顔で拍手をしてくれてから、計量皿を徐に秤に乗せた。


「それじゃ、早速計量して換金しますね。これだと……はい、六〇〇〇クレドです。端数はおまけしちゃいますよ」


「あ、はい……」


 提示された金額に、俺の浮かれていた気持ちが一瞬で現実に引き戻される。一日……まあ八時間くらいだが……狩りまわって六〇〇〇は、稼ぎとしては大分悪い。俺みたいな新規登録者は一年間ギルド提携の宿なら格安で部屋を借りられるが、それでも一泊で四〇〇〇クレドはかかるのだ。


 食事だって一食五〇〇クレドくらいはかかるので、いざという時の為の貯金や装備のメンテ代の積み立てなんかを考えると、ギリギリ赤字にならない程度でしかない。もしゴレミが普通の人間……つまり報酬が頭割りだったら完全アウトだ。


 うーん、流石はジャイアントラット。金のために狩るんじゃなく、通行の邪魔だからって理由で排除される魔物だけあって、儲からない具合が半端ないぜ……


 あ、ちなみにゴブリンの魔石は一匹で五〇〇クレドくらいになるので、初心者が稼ぐのに最適な魔物なので安全を確保しつつ数を稼ぐのは大変だが、それでも一日で七、八〇〇〇クレドくらいは稼げる。たった二〇〇〇と侮るなかれ、初心者の間はこの一日二〇〇〇の稼ぎの違いが将来の明暗を分けるのだ。


「それでクルトさん。ゴレミさんとの連携はどうでしたか?」


「ああ、それが予想以上にバッチリだったというか……」


「マスターとゴレミはラブなハートで繋がっているので、昼も夜も相性はバッチリなのデス!」


「この馬鹿の言うことは聞き流してもらうとして、実際ゴレミはかなり優秀でしたよ。単独でも余裕で戦えてましたし、ちょっと教えたらすぐに連携して戦えるようになりましたから」


 妄言を垂れ流すという強力なデバフはあるものの、ゴレミの戦闘能力は本物だった。というか、ぶっちゃけ現状だと俺より強い。なにせ俺の武器じゃおそらくゴレミは傷つけられないし、力も強いので殴られたら防げない。また瞬間的な速度であれば、パワーがあるせいかゴレミは決して俺に劣ってはいないのだ。


 まあ流石に長距離走るなら俺の方が早いから、もし敵対したなら走って逃げ切るのは容易だと思うが、逆に言えば逃げられない場所でゴレミに襲われたならば、まず間違いなく俺の負けで終わることだろう。


「なるほど……ということは、ゴレミさんは私が考えていたより更に高性能なゴーレムということですね」


「え、そうなんですか?」


「そうですよ! ゴーレムというのは確かに教えれば色んな事ができるようになりますけど、その『教える』というのは魔導核に術式を書き込むということであって、口頭で説明するってことじゃないんです。


 なので話しただけ・・・・・で理解し、それをできるようになるというのは、通常のゴーレムではあり得ないんですよ」


「おぉぅ、マジですか……」


 リエラさんが声を潜めて教えてくれた内容に、俺は思わずゴレミの方へ視線を落とす。そこにあるのは相変わらずの間抜け面だが……いや、そもそも単なる石の顔が間抜け面に見えるという時点で相当に凄い、のか?


「何デスかマスター? ゴレミの可愛さに改めて気づいて、惚れ直しちゃいましたか?」


「……いや、馬鹿とはさみは使いようという言葉を思い出しただけだ」


「酷いデス!?」


「あはははは……あ、そうだ! クルトさんの<歯車>のスキルに関してなんですが、あれから更に探した結果、追加の資料が見つかったんですけど、お聞きになりますか?」


「えっ!? そりゃ勿論!」


 リエラさんの思わぬ言葉に、俺は即座に飛びつく。完全な手探りでしか情報を得られない今、先達の歩んだ道を知れるのは何よりの朗報だ。目を輝かせて言う俺に、リエラさんが優しく微笑んで説明の書かれた紙を手渡してくる。


「では、こちらをどうぞ。普通ならこういう調査はお金をとるんですけど、クルトさんの場合は特別です」


「と、特別!? それってひょっとして、リエラさんが俺のことを――」


「何せ今まで六人しか持っていない希少スキルの持ち主ですからね。記録されている情報が正しいかどうかの検証や、クルトさん自身が身につけたスキルの使い方を教えていただくだけで、十分におつりが来ますから」


「アッハイ。ソウデスネ……」


「マスター……」


「おま、辞めろよ! 悲しそうな顔で俺を見るんじゃねぇ!」


 雨に濡れた子犬を見るような目で俺の背中をポンと叩いてきたゴレミの手を跳ね飛ばしながら、俺は渡された資料に目を通す。ふふふ、俺の先輩方は、一体どんな歯車の活用方法を……………………


「…………ぐふっ」


「マスター!?」


「クルトさん!? どうしたんですか!?」


 突然膝から崩れ落ちてしまった俺に、ゴレミとリエラさんが心配そうに声をかけてくる。だが美女と微妙女の二人に心配されたというのに、俺は体を起こすことができない。深く深く傷ついた心は、そう簡単には立ち直れないのだ。


「違う……」


「違う? え、私、資料を間違えてましたか?」


「そうじゃないんです。歯車の……<歯車>のスキルの使い方が、違うんです……」


「ええっ!? あれ、じゃあやっぱり私が何か間違えて……」


「そうじゃないんです!」


 戸惑うリエラさんに、俺は瞳から滂沱を流しつつ顔を上げて訴える。


「誰も! 歯車を投げてないんですよ!」


「…………えぇ?」


「だってほら、見てください! 『<歯車>スキルの神髄は、力を伝達するというところにある。それにより手にした武器に<歯車>の力で己の魔力を伝達し、その威力を強化する』って書いてあるじゃないですか! 投げてない! 投げてないんですよ!」


「ま、まあ、そうですね。歯車ですし、その方が正しい使い方じゃないかと……」


「でも俺は! リエラさんが教えてくれた方法で戦いたいんです! これからも、歯車を投げ続けたいんです!」


「えぇぇぇぇ!? いやいやいやいや、辞めた方がいいですよ!? 確かに私はそう言いましたけど、それはスキルのことを何も知らなかったからそうアドバイスしただけなので、正当な使い方があるなら、そっちの方が絶対いいですから!」


「そんなことありません! リエラさんの助言があったからこそ、俺は一人でも戦ってこられたんです! 歯車スプラッシュや歯車トラップは、俺の生命線なんです!」


「歯車スプラッシュ!? 私の何気ない提案が、何でそんなトンチキな技に昇華されてるんですか!?」


 熱の籠もった俺の言葉に、リエラさんが激しく戸惑う。きっと俺の成長が思ったほどじゃなかったことに衝撃を受けているんだろう。うぅ、情けない。俺がもっと努力して<歯車>のスキルを使いこなしていれば、リエラさんにこんな思いをさせなくて済んだのに……っ!


「……安心してくださいリエラさん。俺はこんなことで迷ったりしません。勿論これはこれとして参考にさせてもらいますが、俺はリエラさんから受け継いだ歯車道を突き進み、いつかきっと立派な歯車を極めし者ハグルマスターになってみせます!」


「あの、違いますからね? 私そんな道は示してないですよ? というか、私まで変なことに巻き込むのは辞めてもらえませんか?」


「さあ帰るぞゴレミ! 飯食って宿に戻ったら、早速寝る前に新たな歯車技を開発しなければ!」


「はーいデス! ゴレミはマスターのそういう突き抜けたところがとっても大好きデス! ではリエラ、またデス!」


「ゴレミさん!? 待ってクルトさん! 話を! 話を聞いてください!」


「では、リエラさん。また明日!」


「待ってー!」


 俺はリエラさんの声援を受けながら、颯爽と探索者ギルドを後にする。リエラさんの期待に応えられるよう、これからも頑張らねば!

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