最高級クソガキ
「あの、クルトさん?」
「はい、何でしょうか?」
無事ダンジョンから帰還し、活動の詳細を報告するために並んだ窓口。なんだかんだで顔なじみになりつつあるいつもの受付のお姉さんに訝しげな視線を向けられ、俺は精一杯に平静を装いながら答える。
だがお姉さんの視線の先にあるのは、そんな俺の引きつった笑みではない。
「何というか……えっと、その子? は?」
「アハハハハー! こいつはその、ダンジョンの限定通路で拾ったというか……」
「ワタシは無敵に素敵な最強美少女ゴーレムのゴレミデス! ちなみにこの格好は、マスターの趣味デス!」
胸を張ってそう言うゴレミは、膝丈くらいの青いワンピースに白いエプロン、頭には同じく白くてヒラヒラしたブリムという、今時そうは見ない完全無欠の「なんちゃってメイド服」を身に纏っていた。なおこうなったのは不幸な偶然か運命の悪戯であり、決して俺の趣味ではない。
「ゴレミデスさんですか?」
「違います、ゴレミデス! ゴレミまでが名前なのデス! 文句はマスターのがっかりなネーミングセンスに言って欲しいデス! むしろ言ってやって欲しいデス!」
「失礼しました、ゴレミさんですね。私は探索者ギルド、エーレンティア支部で受付をしております、リエラと申しまあす。どうぞよろしくお願い致します」
「リエラさんデスね! こちらこそよろしくデス!」
高めのスルースキルを発揮して丁寧に挨拶をする受付のお姉さんに、ゴレミが微妙に上からっぽい雰囲気で答える。てか受付のお姉さん、リエラって名前だったのか……初めて知ったぜ。
「わかりました……あの、クルトさん? 確認なんですが、ゴレミさんは本当にゴーレムなんですよね?」
「へ?」
質問の意図がわからず、俺は間抜けな声をあげてしまう。するとリエラさんはグイッと身を乗り出し、小声で俺に話しかけてくる。
「何らかの理由があって幻影魔法で姿を変えているとか、ゴーレムの外殻の中に人間が隠れているとかはないんですよね?」
「違います……違うよな?」
「そりゃそうデスよ! 中には誰もいないデス! まあ将来的にはマスターのあれやこれやが入っちゃうかも知れないデスが……」
「では<人形遣い>や<遠隔操作>のようなスキルで、誰かが操っていたりしますか?」
「華麗にスルーされたデス!?」
「いや、それも違う……のか? おいゴレミ?」
「むぅ……勿論違います。ゴレミの心も体も、ゴレミだけのものデス! マスターに求められたら、ちょっとくらいは考えちゃいますけど……」
「だそうです」
「またスルーされたデス!?」
わざとらしくモジモジしてみせるゴレミを放置して答えると、リエラさんの表情が真剣なものに変わる。ああ、真剣な顔も素敵だな……ではなく。
「あの、リエラさん? ゴレミに何か?」
「それは……クルトさん、この後お時間はありますか?」
「え!? ま、まあ後は帰って飯食って寝るだけですけど……」
「まさかデートのお誘いデス!? ゴレミの目が黒いうちは、マスターとふしだらな関係になるのは許さないデスよ!」
「お前の目に黒いところなんてねーだろ!」
「ではすぐに部屋を用意しますので、少々お待ちください」
「「アッハイ」」
真面目な口調でスルーを重ねられ、俺とゴレミは所在のない感じでモジモジしながらその場で待機する。するとすぐにリエラさんが戻ってきて、俺達をギルド内にある小部屋に通してくれた。
そのままゴレミと並んで椅子に座ると、俺達の前に湯気の立つお茶の入ったカップを置いてから、自分もまた正面に腰掛けたリエラさんがその口を開く。
「ここならば外に声が漏れませんから、安心してください」
「安心、ですか? あの、すみません。本当に意味がわからないんですが……」
「うーん、何から説明すればいいでしょうね……」
困り顔で問う俺に、リエラさんはしばし悩み始める。そんな顔も素敵だが、それに見とれている状況ではなさそうなので、俺は意識を引き締めつつその言葉を待つ。
「そうですね、ではまず、ゴーレムという存在についてなのですが……クルトさんは、ゴーレムについてどの程度のことをご存じですか?」
「ゴーレムですか? えっと、命令するといい感じにそれを実行してくれる魔導具、ですよね?」
「そうですね。独自の判断力を備えているということで魔導具とは区別し、
ですが、クルトさんは一つ大きな勘違いをしていると思います。ゴーレムというのは、そんなに融通の利くものじゃないんです」
「え?」
言われて、俺はゴレミの方に視線を向けた。そこでは飲めもしないのにカップを手に持ち、中身をゆらゆらと揺らしながら「表面張力の限界に挑戦するのデス!」などとアホなことを言っている微妙女ゴーレムの姿がある。
「私も専門家ではないので詳しいことはわかりませんが、世界最高と言われる魔導帝国オーバードの技術でも、ゴーレムに持たせられる汎用会話の能力は、精々五歳児くらいまでだと言われています」
「五歳児……」
俺は再びゴレミの方に視線を向ける。言動はアホだし見た目は一〇歳くらいだが、少なくともダンジョンからここに戻るまでの間に、コイツと会話が成り立たないと感じたことはない。
生意気なクソガキという印象は性格の問題であり、むしろ人を罵倒する弁舌にかけては俺など遙かに凌駕していると言わざるを得ないだろう。
「むっ!? 何やらマスターから邪な視線を感じるのデス! ひょっとしてゴレミの魅力に気づいちゃいましたか? ちょっとくらいなら見せてあげますよ? ちらっ」
「いや、襟元を引っ張られても、そこから見えるのは岩肌なんですが」
「そうは言いつつ、マスターの視線はゴレミの胸元を覗き込んでます! いやん、エッチ!」
「ぐぅぅ……ぶん殴りてぇ……」
見えるのが岩肌だとわかっていても、そう言う仕草をされたらついつい見てしまうのが男というものなのだ。
そして殴ったら俺の手の方が痛いだけだとわかっていても、このいらつきを解消するためなら拳を振るってもいいと考える自分がいる。俺を痛めつけるために二重三重の罠を張り巡らせるとは、ゴレミ、なんと恐ろしい策士なんだ……
「あの、いいですか?」
「ひえっ!? す、すみません。あー、でも、オーバードにはゴーレム兵団ってのがあるんですよね? 五歳児に兵士は無理じゃないですか?」
一瞬リエラさんに紙くずを見るような視線を向けられ、俺は慌てて姿勢を正しながら疑問を投げかける。するとリエラさんは完璧な営業スマイルを浮かべながらそれに答えてくれた。
「オーバードのゴーレム兵団は、ゴーレムの能力を戦闘
付け加えるなら、ダンジョンに出るゴーレムもそちらです。ダンジョンの魔物は短期間に同じやり方で討伐されると、それを学習して対処するようになるでしょう? それの応用で、ダンジョンで生み出されるゴーレムの魔導核には、ダンジョン内部に蓄えられた膨大な戦闘の情報が利用されていると言うのが研究者の間で言われていることだそうです」
「はぁ……えっと、つまりはどういうことでしょうか?」
「単刀直入に言ってしまうと、こうして違和感のない会話が成り立つ……どころか、自分から話題を振れたり、怒ったりふざけたりという合理的ではない会話ができるという時点で、ゴレミちゃんは常識では考えられないくらい超高性能なゴーレムなんです」
「ゴレミが、超高性能……」
「フフーン! その通りデス! ゴレミは三千世界の頂点に立つ、唯一無二にして最強に最高で可愛くてかっこよくて素敵で無敵で……えっと、凄く凄いゴーレムなのデス!」
「いや盛り過ぎだろ! 最後ので馬鹿さ加減が特盛りになってるし!」
「ムキーッ! 歯車ぶん投げてダンジョンの罠を無効化するような脳筋マスターにだけは言われたくないデスー!」
「おま、そういうこと言うなよ! 俺だって地味に傷つくんだぞ!」
「…………本当に凄いです」
お茶を飲みながらしみじみそう呟くリエラさんを前に、俺はその後もしばし、ゴレミとアホな言い合いを繰り広げるのだった。
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