出会いはいつも唐突に
「石像……?」
突如として現れた予想外の存在に、俺は眉根を寄せて首を傾げながらも、慎重にその石像を観察する。
基本的な造形は大分荒い。人と見紛うような出来ではなく、人型ではあるが遠目で見ようと一発で人間じゃないとわかる程度だ。
髪は肩口の少し上でパツンと切りそろえられた風で、目はかなり大きく、だが瞳などはなく四角くへこんでいるのみ。鼻の部分は軽く盛り上がっているが鼻の穴は開いていないし、口の部分は目と同じく逆三角にへこんでいるだけで、人のように体内に穴が繋がっているということはないようだ。
次いで胴体。胸はほんのり膨らんでいるように見えるが、基本的には平面であり余計なでっぱりは存在しない。腰はややくびれ、腹は子供らしく少々でっぱっていて、その中央にはへそらしき小さなくぼみがある。更にその下の股間部分はつるりとしていて何もないので、これだと男か女かは俺の目では判断できなかった。
対して肩や足の付け根にはしっかりと関節が存在しており、膝や肘どころか五本の指すら曲げられるように作られている。つまりこいつは単なる立像ではなく、腕や足を動かすのが前提ってことになるわけで……
「え、嘘だろ、まさかこれゴーレムか!?」
ゴーレム……それは木、土、鉄など様々な素材を用い、既存の生物を真似して作られた魔導具である。食わず眠らず疲れず叛かずという、人にとって最高に都合のいい存在を具現化したようなものだ。
勿論、そんな便利なものは簡単には作れないらしく、その値段は馬鹿高い。もしこいつがちゃんと動くゴーレムなら、持って帰って売るだけでもしばらくは豪遊できるだろうし、ダンジョン産ということで特別な性能でもあれば、本気で一生遊んで暮らせるような値段がつくことだって期待できる。
「こいつぁとんでもねーお宝だな……まあ売る気はねーけどさ」
そんなゴーレムを前に、俺はニヤリと笑う。毎日遊んで暮らすってのは確かに魅力的だが、それは俺がヨボヨボの爺さんになってからだ。今はその時に語る武勇伝をたっぷりと蓄える時期なのだから、引退するには早すぎる。
それに、貴重品を金に換えることはできても、金があれば貴重品が買えるわけじゃない。やむを得ない事情により単独活動を強制されている今の俺にとって、戦闘を任せられて絶対に裏切らない相棒というのは喉から手が出るほど欲しかったものだ。これを使わず光る石ころに変えちまうのは、あまりにも浪漫がないってもんだろう。
「さーて、ここにあるってことは、多分これも<歯車>で動かせるんだよな? ならどっかに……おっ?」
改めて詳しく調べてみようとゴーレムに手を伸ばすと、目の前に<天啓の窓>とそっくりの青い板きれが出現する。そこには「なまえをつけてください」と書いてあった。
「名前? このゴーレムのか? あー……いや、普通にゴーレムでよくね?」
ブブー!
その呟きに反応したのか、駄目っぽい音と共に「汎用名称は設定できません」と表示され、すぐに消える。つまりゴーレムじゃだめってことだろう。
「じゃあどうすっかな……うーん。ゴーレムだから、レム? それともちょっと変えてレイムとか……うおっ!?」
その二つを口にした瞬間、俺の背中にえも言われぬ怖気が走る。目に見えない巨大な意思が「それはやめとけ」と訴えているような気がしたので、その二つは即座に名前の候補から除外した。
「じゃ、じゃあ……ぬぅ……ゴレタ、ゴレスケ、ゴレエモン……他には……」
「ぬあーっ! 何でゴーレムから離れないのデスかぁ!」
「うおぁ!?」
悩む俺の耳に、突如として甲高い女の子の声が響く。あまりにも驚いて思わずその場を飛び退くと、目の前のゴーレムから怒ったような女の子の声が続けて投げかけられる。
「ワタシは可愛い女の子なのデス! なのでゴーレムに引っかけた変な名前じゃなくて、もっと可愛い名前をつけるべきなのデス!」
「びっくりした……え、これ喋ってるのって、お前なのか?」
「そうデスよ。ワタシは……まだ名乗る名前がないので自己紹介もできませんが。なのでさっさとワタシに相応しい、ビューティーでキューティなキラキラ素敵ネームをつけるのデス!」
「……じゃあ、ゴレミっと。ほい、決定」
「あーっ!?」
ゴーレム改めゴレミが絶叫していたが、俺は気にせず決定の文字に触れる。すると<天啓の窓>がスッと消え、名前の登録は完了したようだ。
「な、な、な、なんてことするのデスか!? ゴレミ!? よりによってゴレミって何デスか!?」
「いーじゃん別に。ゴレオにしなかっただけ感謝しろよ?」
「ハァァ……マスターのネーミングセンスのなさに、ゴレミは心の底から憐憫をなげかけさせてもらうデス……」
「酷い言われようだな……本当に嫌だったら変えるけど?」
「名前というのは、そんな簡単なものではないのデス。そりゃ他の名前で呼ばせることはできますけど、世界中の誰もが違う名を口にしてなお、ワタシがゴレミであることは未来永劫変わらないのデス」
「お、おぅ…………何かごめんな?」
割と本気でがっかりしている感じに、俺は何ともいたたまれない気持ちになってきて謝罪する。だがゴレミはゆっくりと首を横に振ってからその口を開く。
「いえ、もういいのデス。決まったことは決まったことですし……それにどんなものであれ、マスターがワタシにつけてくれた名前には違いありません。ワタシはゴレミ。マスターの魂の輝きが失われるその日まで、マスターと共に世界を回す者です。どうぞよろしくお願い致します」
「こちらこそ、よろしく……」
優しい声と小さく微笑んだ顔が妙に可愛く感じられて、俺は何だか照れくさくて思わず顔を背けてしまった。するとゴレミがニヤリと意地悪そうな笑みを浮かべ、更に言葉を続けてくる。
「さーて、それじゃここを出る前に、マスターにはもう一仕事していただかければなりません」
「お、おぅ。何すりゃいいんだ?」
「それは勿論、ワタシの服を用意してもらうのデス!」
「服ぅ?」
「そうデスよ? まさかマスターは、ワタシを裸で歩かせるつもりデスか?」
「裸ってお前……」
俺が困惑気味な視線を向けると、ゴレミが両手で胸を、右足を上げて膝で股間を隠しながら言う。
「いやん! マスターのエッチ!」
「ふっざけんなボケ! 石じゃねーか! 全身余すところなく石じゃねーか!」
「そりゃ石ですけど、中身は乙女なんデス! ハッ!? それともまさか、マスターには年端もいかない美少女を全裸で連れ回すような、倒錯的な性癖が……!?」
「ねーよ! そもそもお前、美少女って言うよりは
「酷いデス! ゴーレム差別デス! 全世界の美少女ゴーレムマニアを敵に回したデス!」
「随分ピンポイントな敵だな……まあ着たいって言うなら着るなとは言わねーけど、俺服なんて持ってねーぞ?」
今日も普通に日帰りするつもりだったので、腰につけてる鞄に入ってるのは必要最低限の荷物だけだ。俺自身の着替えすらないのに、一〇歳の女の子が着る服なんてあるはずもない。
だがそんな俺の言葉に、ゴレミはしたり顔で頷きながら言葉を続ける。
「それは大丈夫デス! ちゃんとワタシがここから連れ出される時に、装備も一緒に選べるようになっているのデス!」
ゴレミがそう言い終わると、再び俺の前に<天啓の窓>が出現する。そこには近接型Aセットから始まり、遠距離型、魔法型など、結構な数の選択肢が表示されていた。
「うわ、スゲー数だな。ここから選べばいいのか?」
「はいデス! ただマスターは保有魔力がショボショボですし、<歯車>のスキルも全然育ってない感じなので、魔法型はお勧めしないデス。ワタシはあくまでもゴーレムなので、自分では魔力を生成できませんからね」
「そっか、そりゃ確かに選ばない方がよさそうだ。てか、そうなると遠距離型も辛いか? 矢とか投げナイフとかは消耗品だし」
「懐具合に余裕がないなら、そうデスね。比較的お金が掛からず安定して戦えるのは、近接型になるかと思うデス」
「ふむふむ。なら……」
俺はゴレミに意見を聞きつつ、どの装備をもらうかを検討する。
「てかさ、これ俺の装備はもらえねーの? ゴレミ用なんだろうけど、どう考えても俺が今装備してる武器とか防具より上等っぽいんだが?」
「ワタシみたいな最強美少女ゴーレムをもらっておいて、追加で装備まで要求するのはあまりにも強欲が過ぎるのデス! むしろワタシがもらえるなら、伝説の名剣一〇〇本セットだって蹴っ飛ばすのが当然デス!」
「それは流石に剣の方が欲しい気がするが……まあいいや。じゃ、この近接型Cセットってのにするぜ?」
「了解デス!」
ゴレミの了承を得て、俺は<天啓の窓>に表示された文字に触れようと手を伸ばす。だがその瞬間、足下にあった微妙な段差に躓いてしまい……
「あっ!?」
「ひょわぁぁぁぁぁぁ!? 何やってるデスかー!?」
俺の指先は、どうやら今回も自由と冒険を求めて未知の世界に羽ばたいてしまったようだ。
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