track.11 さらば青春の光
キル姐はシングルマザーのビッチにまで噛みついた。
「だからライブにガキ連れてくんなって言っただろ! そもそも、お前がしょーもない男に引っ掛かって妊娠したから、余計なお4fわされ……」
ビッチはキル姐さんの耳に口を寄せ、ハゼロとは反対の耳へ怒鳴る。
「言葉に気を付けろ、このコジらせたイキり処女がぁぁああー!」
両方の鼓膜を狂わされたキル姐は、目を回した後に頭を軽く振って意識を保つ。
彼女の言葉汚い反撃に応戦――――するかと思いきや、キル姐は黙ってしまい、弱々し声音で抵抗した。
「しょ、処女じゃ、ねぇし……一応、男と遊んだこと……あ、あるし……」
嘘か本当かキル姐さんは急に顔を赤くして、両手で顔を覆ったまま、うつむいてしまった。
どうしよう……私ことヨシ・イクヨ、十八歳プラス交際歴ゼロは、一ヶ月前にこのバンドへ入ったばかりなのに、もう最大の危機に直面してしまった。
リーダー、キル姐の一言は決定的なものとなった。
「…………ウチらのバンド、解散だ」
ハゼロは膨れっ面を見せ、視線を外すと同意。
「そうね。将来の為にも、解散した方がいいね」
ビッチは嫌味を込めて返す。
「こっちだって子育てで忙しいし、夢だけじゃ生活できないから」
私はただただ、うろたえるだけ。
「あ、あの……とりあえず、皆さんでじっくり話しましょう。その、今日の事故の借金をどう支払って行くとか?」
リーダーのキルは覆っていた手をどけ、顔を上げると冷たい言葉で締めくくる。
「じゃぁ、お疲れ!」
あっ! 逃げられた。
キルの合図でみんなは散り散りになった……と思いきや、キル姐さんとハゼロはまだ小競り合いをしていた。
「何で、お前も同じ方向に歩くんだよ?」
「ウチら家近いから、帰りは同じ駅に行くでしょ?」
「チクショウ。解ったよ、アタシはタクシーを拾って帰るよ」
「早く帰れ! 金欠バンド女」
「オメェもだろ!!」
二人は肩をぶつけ合った後に「ふん!」と、そっぽ向いて背を向けた。
彼女たちの背中を見送る私は、寂しさで心を締め付けられる。
呼び止めようと声を震わす。
《夢だけじゃ生活できないから》
けど、ビッチの冷たく言い放った文言に足がすくんだ。
夢の前には必ず現実が立ちはだかる。
目の前に現れた現実の壁で歩みを止められると、見ていたものの距離は遠すぎて、たどり着く術がないのだと打ちのめされる。
ほとんどの人が、現実の壁を見つめて終わるんだ。
これで終わり――――。
――――――――。
――――。
――――違う。
違う、違う、違う!
ダメだよ!
こんな終わり方をしたら、みんな音楽を嫌いになっちゃう。
夢だってあったのに、その夢を諦めた生き方なんて、寂しいだけだよ。
キル姐さんのギターは人の心を奥底まで変えてしまうくらい、本当にカッコいい。
もっといろんな人に響いてほしい。
ハゼロのドラムスは、怖いとか逃げたいとか、そんな気持ちを打ち消して立ち向かう勇気をくれる。
二人の音楽を影で支えてるのはベースのビッチなんだよ? 彼女が欠けたら、バンドの音楽は成り立たない。
夢の終わりなんて誰が決めたの?
目の前に壁があったなら、 虹色のスプレーで自由に落書きして夢を思い描けばいい。
夢は何度でも作りかえられる。
私たちは、まだ始まったばかりだ!
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