異世界自殺遂行記〜憧れの異世界転生かと思ったら、最凶最悪の殺人鬼に「憑依」しました。頑張って死にます〜
青海老ハルヤ
バースデーパーティ
「……シサム村周辺に駐屯していた、一千名の兵を殺害した罪! よって法王様の命により、この者を死刑とする!」
……ん?
目を覚ますと、身体が殆ど動かせず、何も見えなかった。感覚はあるので、縄か何かに縛られていることは分かる。手を後ろで縛られ、座らされている。
なんだ……これ。あれか、まさか異世界転生!? いや転移か? どちらにしろだとしたら本当は両手を上げて喜びたい。ようやく異世界に来れたんだ! ……だけど、
さっき、このおっさん、なんて言った?
ブラック企業にこき使われて過労死。からの異世界転生。
この流れ、みんなも好きだと思う。もうたくさんあるから、飽きてしまっている人も多いかもしれない。
でも俺は大好きだった。憧れだった。
本当の夢になったのは、中学生の終わり頃だったと思う。
高校卒業のときは、その全盛期だった。あまりにもバカげた話だけど、同級生たちが輝かしい未来を夢見ている中、俺はただ一人、ブラック企業を探していた。バカである。べつに異世界転生はそれだけじゃないだろうに、と今なら思う。
「アットホームな雰囲気」がブラックへの入り口という文句は正しいらしく、ブラック企業はすぐに見つけられた。満載的な人材不足に悩まされるブラック企業には高卒も障害にはならないようで、すぐに入社できるとのことだった。
積もりに積もった書類の山にワクワクした。狂気の世界に酔いしれた。異世界までの一歩を踏み出した。
そう思っていた。
現在――山崎裕也38歳、独身。思ったより人間、頑丈にできているらしい。死なない、思ったより死なない! ただただ苦しい。ただただ辛い。そんな中でここまで生き続けてしまった。しかし、人間は頑丈であると同時に対応する生き物でもある。次第に充実感を得るようになった。それなりにやりがいを感じ始めていた。
その日も、会社に出社しようとしていた。7月7日、七夕。異世界を願わなくなってからどれくらい経つだろう。そんなことを思いながら、家の玄関を開けた瞬間だった。
天が光った。その途端、なにも見えなくなった。あとから、凄まじい轟音が響いたのだけが、遠くに聞こえた。
「最後に言い残すことはあるか!?」
ドスの利いた声とともに顔になにか液体が飛んできた。多分ツバだと思うけれど今はそれどころじゃない。
「ちょ、ちょっと待って状況が」
「この期に及んで命乞いするとは! まったくもって信じられん! 問答無用!」
「待て待て待て待て俺今ッ」
そう言いかけたところで、背中に衝撃が走った。なんだ。息ができない、なんだかわからないけど痛い。
何が……何が起きてる……。
「黙れ! 貴様尊い千の命を奪っておいて! 神の御下、地獄で苦しむがいい! 執行用意!」
は?
千の命を奪った? そういえばそんななことを聞いたような気がする。
じゃあこれは転生なのか? 殺人鬼の肉体に? このタイミングで? 俺は殺されるのか?
最悪だ。あんまりだ。やっと……やっと異世界転生できたというのに。
もう死ぬのか?
もう一度転生できないか? いや、分からない。いわゆるスキルとかがあるならここから逃げ出せるかもしれない。そうだ、ステータスオープン! しかし何も起きない。身体に巻かれたロープを引っ張られ、数歩後ろに下げられる。
そして平らな、冷たい石に頭を乗せられた。
死ぬ。死ぬのか。嫌だ。死にたくない。異世界を冒険したかった。異世界でワクワクするような冒険して、見たこともないような宝を見つけて、たくさん遊んで……。そして――。
「執行!」
何かが振り上げられ、そして――首に向かって振り下ろされた。
――その瞬間、心臓が突き上げられたかのように鼓動した。乾いたような叫び声が身体のどこかから放たれる。とんでもない力に押さえつけられる。
――両腕の感覚が消えた。足の感覚が。下半身の感覚が。上半身が。そうして俺の意識は、どこかへと連れて行かれるように、反転した。
白、白、白。真っ白な世界が延々と続いている。影もない。自分の姿さえなく、気が狂いそうだが目を閉じることもできない。
何だ、ここは。
――ここはアドルの精神世界です。
どこからか女の人の声が聞こえてきた。聞いているだけで心が揺らぐような、透き通った声をしている。
「……だれ……ですか?」
――私は神です。
んなアホな、とずっこけそうになったが、この状況で疑う余地はなかった――というより、理解させられていた。洗脳か何かかと思うほど自分の知識で彼女が神だと判断させられるような。よくわからないが、圧倒的な説得力をその声は含んでいた。しかしここまでベタなセリフを本物の神がいうとは……。
「神……」
――ユウヤ、あなたに頼みがあります。しかしその前に、外の景色を見てみましょう。
白の世界にパッと映像が映し出された。まるで映画館で映画を見ているような格好だ。その画面には、次々と惨殺される兵や住民の姿が写っている。振り下ろされる手は人間の手だったが、その力は尋常ではなかった。狙われた人の心臓をもぎ取り、手で握っただけで腕を破壊し、頭を握りつぶし、人を数十メートルも吹っ飛ばしている。
「酷ぇ……」
――これはアドルの視界情報です。アドルは、元は心優しい青年でした。
とてもそうは見えない。明らかに人間の動きではない。
漫画ですらこれほどの残酷なものは見たことがなかった。本物だから当たり前かもしれないが。
「……これは……止められないのですか……?」
――無理です。彼が興奮状態のときに精神を入れ替えれば、ふたりとも精神が壊れてしまいますよ? それでもいいのですか?
「それは……つまり」
――ええ、死ぬということです。
それは……、
俺が答えられないでいると、画面のほうでは長く戦闘が続いていた。何人かの兵が辺りを囲んでいる。1人の青年が涙を流しながら剣で切りかかってきた。だがアドルはそれを軽くいなし、青年の腹に拳を叩き込んだ。その瞬間青年は3メートルほど吹っ飛ばされ、レンガの民家の壁をぶち破っていた。
――彼は、アドルの親友だったようです。
「何が……彼に……」
――また今度教えましょう。話を戻します。
画面がまたパッと消えた。再び白の世界に戻る。
確かに、これ以上のことを今聞くことはできなかった。精神が磨り減らされるようだ。
異世界は、もっとキラキラして、ときに苦しくても仲間と乗り越え、強くなっていく。そんな物語のはずだ。こんな……こんな酷いものじゃない。
――いいですね。あなたに頼みたいこととは他でもない。彼を、アドルを、救ってやりたいのです。
無理だ。無理に決まってる。こんなやつ。そんなことを思っても言葉が出ない。
――私は、世界を創れるくせして、1人の人間すら救うことができない……。だからあなたの世界の神に頼んで、あなたを連れてきてもらったのです。雷でね。
「なんで俺なんですか?」
――……あなたが、アドルに一番似ていたからです。
外見が、ということだろうか。別に俺は心優しい人間でも、こんな化け物になった記憶もない。
「……整理してもいいですか……?」
反応はない。YESだと思ってそのまま話し始める。
「つまり、あなたにとって、アドルが一番大事で、他の人間がどうなってもいいということですか? 俺も、いまアドルに殺されてる人たちよりも、全部!」
口に出すと怒りがこみ上げてきた。何があったかは知らないが、そんなことがあっていいはずがない。
反応はない。これもおそらく答えはYESだ。
「神様! 俺は断ります! そんなこと……そんなことに俺は手を貸したくない! 別の人に頼んでください! 俺は帰ります!」
――どこへ?
「どこへって……あの、元の世界に」
――無理です。あなたは死にました。言ったでしょう。雷で、向こうのあなたは死にました。
声が出なかった。こんなことがあっていいのか。
――外が、終わったようですね。では、よろしくおねがいします。
その声が聞こえた途端、一気に視界は白から黒に変わっていった。
頭の中で、何かが死んだ音がした。
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