待てばカイロの日和あり

髙 文緒

第1話

 私の子供は生まれる前に私と一緒に沈んでいきました。


 囲まれた世界で私たちは、ときに濁りときに透き通る水のなかで、ゆらゆらとお尻をふるのが私たちにとっての「生活」でした。

 ある日私の下でくるくるまわる素敵なひとがいました。

 まわる背中に光る鱗がほんとうに素敵だなと感じたので、私は「きれいね」と伝えました。そうするとそのひとが私を後ろから抱きしめました。

 とてもいい気持ちでした。明滅する光がありました。擬似的な死が私の目のまえで手招きしていました。

 突然、素敵なひとはきりきり舞いになって落ちていきました。

 そのときに、私たちの世界にも底があるのだなと知りました。いつもゆらゆらとお尻をふるだけだったから、落ちるなんて考えたこともありませんでした。

 ほんものの死は、ちかちかなんて光ってなくて、ただ灰色の底なんだと知りました。知った時には私も底に横たわっていました。

 私のお腹には生まれなかった子供が、そのままおりました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る