筋肉と知識……どっちが大切だと思う?

嬉野K

それでキミが喜ぶなら

「やぁ私の幼馴染くん。ちょっとばかり話したいことがあるんだよ」


 夜中に公園に呼び出されたと思ったら、彼女はそんな事を言いだした。


「なに……?」いきなり呼び出されるのは迷惑だ。それに、「……早く帰りたいんだけど……僕には用事があるから」

「用事って勉強?」

「そう……」早く帰って勉強したい。「そっちだって、帰って筋トレしたいでしょ」

「筋トレはしたいけど……今は、キミに話しておきたいことがある」


 なんだろう。なにを話されるのだろう。

 彼女とは……まぁ、彼女の言う通り僕たちは幼馴染だ。子供の頃から当たり前のように一緒にいた。僕には兄弟なんていないが、彼女のことは頼りになる姉のように思っている。


 なにもかもが、正反対な僕たちだ。幼馴染でなければ、絶対に友達になっていない。そんなタイプ。僕は背も低いし体力もない。だけれど勉強は得意。彼女は背も高いしかわいいしスポーツ万能だし趣味が筋トレなこともあって、かなりの肉体美を誇っている。だがアホだ。


 彼女は言う。


「ねぇ……筋肉と知識……どっちが大切だと思う?」

「どちらも重要だけれど……僕は知識だと思う」だから毎日勉強している。「効率的なトレーニング法を学ぶのにも、知識が必要。だから……どちらかというと、知識のほうが大切だと思ってる」

「そうなんだ……いつも、一生懸命勉強してるもんね」

「その理屈でいうと、キミは筋肉のほうが大切だと思ってるんだね」

「そうだね……」別に照れるところじゃないと思うが。「体力あったら、勉強だって長く安定してできるよね。それに肉体労働だってできるし、重たいものだって持てる。長生きもできるかもしれないし、体力や筋肉は重要だよ」


 そんなことは知っている。筋肉も知識も、どちらも重要なのだ。どちらも欠けてはいけない。どちらも兼ね備えているのが最高なのだろうけど、なかなか難しい。


 少しの沈黙の後、風が吹いた。


 ……彼女は、こんなことを話すために僕を呼び出したのだろうか。筋肉と知識の大切さを競うためだけに? いや、そんなことはメールやチャットでも事足りる。直接呼び出したからには、まだ話の続きがあるのだろう。


「キミはさぁ……いつも、私のことを助けてくれるよね」

「そうだっけ?」

「そうだよ。テスト前になると、いつも勉強を教えてくれるし……そうだ。小学校3年生のときのこと、覚えてる?」

「僕が小学校に通っていて、3年生と呼ばれる学年にいたことは覚えてるけど」

「相変わらず面倒くさい言い回しするなぁ……」それは生まれつきだ。「ほら……私が体育倉庫に閉じ込められたときの話」

「……体育倉庫……」……思い返してみるが……「なんだっけ?」

「覚えてないの?」


 まったく記憶にない。彼女は僕の表情からそれを読み取って、続けた。


「私が体育委員で……体育倉庫の片付けをしてたの。そしたら、間違えて鍵かけられちゃって……気がついたら夕方になって、夜になって……」怖かった、と彼女は語る。「金曜日だったからさ……もしかしたら、誰も気づいてくれないんじゃないかって思った。このまま死んじゃうんだって……本気で思ったよ」


 ああ……思い出してきた。だけれど、彼女の話の続きを待った。


「そうしてたらね、キミが助けに来てくれた。いつまでも帰ってこない私を心配して、助けに来てくれた」

「キミの両親から連絡が来たからね。娘がまだ帰ってきてないって」

「なんだ……やっぱり覚えてるじゃん」

「さっき思い出したんだよ」本当に途中までは忘れていた。「それで……その話がどうかしたの?」

「キミがカッコよかったって話」お世辞を言われるのは苦手だ。「なんだっけ……授業の時間割とか、私が体育委員をやってることとか、閉じ込められる可能性がある場所としてはとか……いろいろ推理してくれたんだよね」


 実は、他の場所も探し回った末に体育倉庫に行っていた。だけれど、そのことは黙っておこう。


「当時から私は体を鍛えてて……筋肉には自信があった。だけれど私の自慢の筋肉は、なんの役にも立たなかった」

「その時はそうだね」だけれど、「じゃあさ……中学校の2年生のとき……覚えてる?」

「私が中学校に所属していて2年生という学年を……なんだっけ?」

「言い返そうとしなくていいんだよ」さっきの僕の回りくどい言葉を返そうとしなくていい。キミには似合わない。「夏の日だよ。学校の行事で山登りがあって……僕が途中で熱を出した」

「……」彼女は首を傾げて、「そんなこと、あったっけ?」

「覚えてないの?」衝撃的だが、僕が言えたことじゃない。「まぁいいや……とにかく、僕は山登りの途中で熱を出した。しかも班の人たちともはぐれて、一人ぼっちだった」


 山奥で1人、ただただ不安だったことを覚えている。誰かに助けてもらいたくで、体力の続く限りあるき回った記憶がある。


 しかし体力のない僕は、途中で歩けなくなった。道もわからなくなって、遭難みたいな状態だった。


「そんなときに、キミは来てくれた」僕を探し回って、汗だくだった。僕を見つけたときの彼女の嬉しそうな顔を忘れることは、きっとないだろう。「それで……僕を背負って山を降りてくれた。驚いたよ。キミが体を鍛えてたことは知ってたけど、中学生を1人担いで下山できるほどとは思ってなかった」


 彼女のトレーニング量は知っている。誰よりも鍛えていることを知っている。彼女が筋肉自慢なのも知っている。


 だけれど驚いた。なんだか自分の知っている彼女が遠くに行ってしまったみたいに思ったことを覚えている。きっと彼女はどこか遠くに行ってしまって、僕には手が届かない存在になると思った。


 また沈黙。どうして僕は彼女に助けられた話なんてしたのだろう。わからない。そもそも彼女はどうして僕を呼び出した? その理由がまだわからない。


「その……」彼女は頭をかいて、「だからさ……最初に聞いたよね。筋肉と知識、どっちが大切だと思う、って」彼女はゆっくりを言葉を探しながら、「あの……私は筋肉のほうが大切だと思ってる。けど、あのとき私を助けてくれたのはキミの知識。そしてキミを助けたのは私の筋肉なの……だから……なんというか……両方大切だよねって話」

「そうだね」筋肉も知識も、両方が大切だ。「……それは、わかってるけど……」


 彼女の意図が読み取れない。なにかしら伝えようとしてくれてるのはわかるのだが……なにを伝えようとしているのだろう。


「だから、えっとね……私たち、うまく補い合えてると思うの。お互いにないものを、お互いがカバーできてると思うの」

「それはそうだね。いつも、助けてもらってる」

「私も助けてもらってて……これからも、キミのこと助けたいし、キミなら私のことを助けてくれるって信じてる」

「……それはどうも……」僕もだけれど。「……?」


 やっぱり彼女の言いたいことがわからなくて、首を傾げてしまう。すると彼女は業を煮やして、


「ああ、もう……この鈍感男」すいません。なんか罵倒された。「伝わってないから、ストレートに言うね」

「そうしてくれるとありがたい」回りくどく言うのは、僕の役目だ。「キミは真っ直ぐなのが似合ってる」

「ありがとう……じゃあ言います」彼女はなぜか敬語になってから。「私の恋人になってください」

「……え……?」予想外の言葉だったが……「あ……」


 なるほど。彼女は告白しようとしてくれていたのか。だからお互いに補い合えるとか、今までの思い出話とかしていたわけだ。そう考えると辻褄があう。


 しかし彼女と恋人関係になる……考えたことがなかった。彼女は僕の頼りになる姉みたいなもので、恋人という関係は似合わない気がしていた。


 だけれど……だけど……


「いいよ」それでキミが喜ぶなら。「キミの言う通り、僕たちは相性が良いと思う。お互いに補い合えると思う。それに……」

「それに……?」

「……」恥ずかしいけれど、今じゃないと伝えられないと思う。「僕はキミのことが好きだから」


 この幼馴染のことは、好きだ。いつだって僕のことを助けてくれる、頼りになる幼馴染。アホだけれど、それを補って余りある魅力がある人物だ。


 僕にないものを、彼女は持っている。そして彼女にないものを、僕は持っている。

 お似合いだと思う。僕たちならきっと幸せになれると思う。


 そんなこんなで、僕たちは恋人になった。それは……一生の幸せが確定した瞬間でもあった。

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