幻の筋肉草

景綱

第1話


 ここだ。この店だ。間違いない。

 やっとみつけた。ここに幻の筋肉草があるはずだ。

 扉を開き、開口一番「筋肉草をください」と叫ぶ。


「ちょっと、うるさいわね。何事よ」

「うわっ、出た」

「なによ、失礼しちゃう。化け物でも出たみたいに言わないでくれる。あたしはれっきとした人間よ」


 そうなのか。厚化粧でドレスを着てはいるガタイがいい化け物なんじゃ。人か。人だよな。それにしてもデカイ。背も高いし横幅もある。太っているというよりも筋肉質な感じだ。というか、この人は男性だよな。この感じはいわゆる、あれか。


「あなた、あんまり人をジロジロ見るもんじゃないわよ。どうせ、オカマだとか思ってるんでしょ。違うわよ、あたしはドラァグクイーンだから間違えないでちょうだい」

「ご、ごめんなさい」


 んっ、謝ったけど、ドラァグクイーンってなんだ。


「わかればよろしい。で、ここに筋肉草を求めてきたの」

「はい、筋肉草をください」

「筋肉草ね」


 なんだ、その舐めるような視線は。おいおい、何を考えている。僕を食べようだなんて思っていないだろうな。どうしよう。筋肉草は欲しいけど、ここは逃げるか。


「ちょっと、何よ。その目。あたしは取って食ったりしないから安心なさい」

 本当か。大丈夫なのか。

「そんなことよりも、あなたガリガリよねぇ。筋肉欲しい気持ち、わかるわ。でもね、ここに筋肉草なんてものはないわよ」

「ない。そんな」

「ないの。変な噂を信じちゃったのね。可哀想に。けどね、あたしが美味しい料理作ってあげる。ここはそんなお店だから」


 美味しい料理。いや、飯を食べに来たわけじゃない。というか、筋肉草の話はやっぱり嘘なのか。そうだよな、そんな簡単に筋肉増量なんてできやしない。


「あの、すみません。帰ります」

「ちょっと待って。あなたの望みが叶うよう手伝ってあげようって言ってるんじゃない。帰るなんて言わないの。ね」


 うっ、気持ちが悪い。ウィンクなんてするな。


「あっ、その反応はなによ。差別よ、それ」

「ご、ごめんなさい」

「はい、よろしい。あなた素直でいい子ね。とにかく、騙されたと思ってあたしの料理食べていきなさい」


 目力ある視線に睨まれて、思わず「はい」と返事をしてしまった。


「やっぱりいい子」

「あの、そのいい子っていうのはやめてもらっていいですか。大人ですし」

「そうね」

「あと、あの今更ですが、ドラァグクイーンっていうのは」

「そんなのは自分で調べなさい。もういちいち面倒なのよね。とにかく料理作るから、待っててね、子猫ちゃん」


 子猫ちゃんって……。もういいか、なんでも。


***


「う、うまい」

「でしょ」


 こんな美味い料理はじめて食べた。それになんだか身体が熱くなってきた。細胞が喜んでいる。力が湧いてくる。そんな気がする。


「その料理はね。筋肉を育てるにはもってこいの料理なの」


 へえ、そうなんだ。

 なんだかすぐにでも筋肉もりもりになりそうな気がしてきた。


「本当にすぐに筋肉が育ちそうです、これ」

「あらいやだ。そんなにすぐは無理よ。けど、筋肉の肥大のために必要なタンパク質重視の料理だから、きっとあたし好みのいい身体になれるわよ」

「えっ、あの、それは」

「もう、冗談よ。本気にしないでちょうだい」

「はあ」

「あっ、そうそう。本当にがっちりボディーになりたいんだったら、あたしのところに通いなさい。もちろん、筋トレは必要だけどね。いろいろと教えてあげるから」


 いろいろって。


「もう、今変なこと考えたでしょ。違うからね。あたし、これでもスポーツジムでトレーナーをやっていた経験もあるの。いろいろってのは筋トレのことよ」


 うっ、またウィンクした。申し訳ないけど、ウィンクだけは勘弁してほしい。


「あなた、そんな顔しないでちょうだい。まあいいけど。ちなみに、この料理はね。筋肉草創きんにくそうそうって言うの。草創ってのはね、新しく事業を始めることなんだけどね。あたし的には筋肉を育て始めるなんて意味を込めて名付けたのよ。それを聞いて、あたしの料理のことを誰かが幻の筋肉草なんて言ったのかもね」


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幻の筋肉草 景綱 @kagetuna525

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