第3話

「あっ」

「誰?」

「すみません、スマホを忘れたみたいで」

 ジッと見つめられて動けなくなった。

「番号」

「え?」

「電話番号言って」

「あぁ、えっと」

 先輩が通話ボタンを押すと、後方からブーブーとバイブ音が聞こえてきた。

「あ、ありました。ありがとうございました」

 振り向いてお礼を言ったら、すぐ目の前に先輩はいた。そして唇が重なった。

 えっ、何?

 動けなかった。

 キス、された?


 先輩はすぐに離れて帰る準備を始めていたけど、私は微動だに出来なかった。


 なんで?

 先輩はどっからどうみても女性で、私も一応は女性で。

 いや、仮に男女だとしても、今初めて喋ったような間柄だし。

 え、なんで?


「行くよ」

「へ?」

「鍵、かけるから」

「あ、はい」


 後をついて部屋を出た。

 先輩は鍵をかけて歩き始めた。

 私も少し後ろを歩いた。

 途中の守衛室に鍵を置いて先輩が向かった先もバス停だったので、ずっと後をつけるみたいな形なった。

 バス停では隣に立ち、バスを待つ。

 一言も交わさず、目も合わさなかったけど、私は左隣が気になって仕方ない。

 先輩は、私のことなんて眼中にないのだろうが。


 バスがやってきて乗り込む。空いている席は少ない。先輩が窓際に座る。その隣に座っても良いものか、一瞬迷う。

 モタモタしてたらバスが動き出し、身体が揺れて転びそうになる。その瞬間、細い腕が目の前に現れた。

 いつの間にか先輩の隣に座っていた。

 あれ、先輩が助けてくれたの?

「ありがとうございます」

 小さな声だったので聞こえなかったかな、先輩は無言だった。

 無言で車窓を眺めている、その横顔に魅入る。


 ふいに目が合った。

 バスは減速していて、停車するバス停を告げていた。あれ、もうここまで来ていたの? どれだけ先輩の顔を見つめボーッとしていたのか。私が降りるバス停の二つ前だった。

「降りるから」

 先輩の言葉に我にかえる。

「あ、すみません」

 私は一旦立ち上がり、このバス停で降りるという先輩を通した。再び座ろうと思った瞬間、腕を掴まれる。

「来て」

「えっ」

 強い力ではないから、振り解いて座ることも出来たはずなのに、私は何かに引き寄せられるように、バスを降りていた。そしてそのまま先輩の部屋へと入っていた。

 なんでだ?

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