第16話 複雑な配信者心

 ほかの探索者もいる中でピンク髪少女から拝まれるという予想外のトラブルに見舞われはしたものの、ダンジョンで手に入れたレアアイテムを探索者協会に買い取ってもらうという最後の仕事も一応は終えることが出来た。


 外に出るともう夕暮れが迫っていた。完全に夜になる前に帰った方がいいだろう、と鉄也は思った。


「にひゃくごじゅうまんえん……ふへへ……」


 問題は、大金を手に入れたせいで大分現実感を失っているこのぼっち配信者をちょっと正気に戻してやらないといけないことだけだった。


「なあインパクトガール」


「ふへへ、にひゃくごじゅう……にひゃくごじゅう……」


「なあピンク髪少女」


「ふへへへへ、神藤くんと二人で手に入れた、にひゃくごじゅう、まんえん……」


「…………」


 ダメだ。この女、聞いちゃいねえ。


 鉄也は頭が痛くなってくるのを感じていた。この夢見心地状態なピンク頭をそのまま帰すのは色んな意味で危ないだろう。


 ふへへ、ふへへ、とニタニタ笑う姿はいくら美少女といっても不気味だ。黄昏時にこんなのと出くわしたら子供は泣き出すに違いない。


 仕方ないか、と思いつつ鉄也は口を開いた。


「なあ動画再生回数平均三回の底辺配信者」


「はい。それはわたしのことですね、ハハッ……」


 正気に戻った顔のピンク髪少女がすっとこっちを向いた。


 こう言えば正気に戻るだろうな、と思ってはいたし、正気に戻すためにこう言ったわけなのだが、この声のかけ方で実際に正気に戻る様を目の当たりにすると、なんとも言えない気分になってしまう鉄也だった。


「大金が手には入って嬉しいのはわかるけど、あんまり浮かれないでくれよ?」


「ハハッ、大丈夫ですよ。高い機材を買い込んだりとか、ものすごいスペックのパソコンを注文したりとかはしません」


 インパクトガールはきっぱりと宣言した。鉄也としてもこれだけはっきり言い切ってもらえると安心できてよかった。


「それならいいんだ」


「いい道具をそろえても再生数が伸びたりとか、チャンネル登録者が増えたりとかしないってことはきちんとわかってますからね……ハハッ……」


 悟りきった顔でインパクトガールが言った。


「……すまん。そんな悲しいことを言わせたいわけではなかったんだが……」


「いいんです。いいんですよ。神藤くんが優しい人だってことはわかってますから……」


 ピンク髪少女はずーんと沈んでいた。


「うーん、よかったら俺がチャンネル登録しようか?」


 流石に気の毒になってきたので鉄也はそう提案してみた。わずか一件に過ぎないとはいえ、チャンネル登録者が増えれば多少の慰めにはなるだろうと思って言ったのだが、インパクトガールはブンブンと首を横に振った。


「お、俺なんかはインパクトガールチャンネルにはお呼びじゃないってことなのか……」


 鉄也はかなりのショックを受けていた。


 奇妙な偶然からとはいえ、一応はコンビを組んで戦い抜いた仲なわけだし、喜んでくれると思っていたのだが……。ありがた迷惑だっただろうか、と思っているとピンク髪少女が慌てて言った。


「ち、違うんです! 神藤くんは、その、特別な人だから、ただの視聴者さんにはなって欲しくないっていうか、いや、特別な人というのは恋愛感情的なアレではなくて、でもそれはいまの時点ではという話であって、将来的なことに関しては多分に含みを持たせておきたいんですけども……と、とにかく、チャンネル登録とかされちゃうと、逆に距離が遠くなってしまう気がするから嫌っていうか……そういう複雑な配信者心なんですよ!」


「お、おう、そういうことか。わかった。完璧に理解した、と思う。多分……」


 インパクトガールの勢いに押し切られるような形で鉄也はうなずいた。


 ともかく、ありがた迷惑とかではないらしい。詳細については踏み込まない方がよさそうだが、嫌われていないのなら一安心だった。


 ピンク髪少女の方も、ならよかったです、と胸をなで下ろしていた。


「じゃあ、そろそろ日も暮れるし、本格的に暗くなる前に帰るか」


「そうですね。では」


 と言ってピンク髪少女は歩き出したのだが、その方向は鉄也とは正反対だった。


「お、家はそっちなのか。じゃあここでお別れだな」


「…………」


 鉄也がそう言って手を振ると、三歩歩いたところでインパクトガールがぴたりと足を止めた。

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