第一の鑑定 血の涙を流す少女の肖像 1-6
「ああっ、甲斐さん。みっともないところをお見せしてすみません。何でしょうか?」
雪緒が尋ねると、甲斐は少し困ったような表情で切り出した。
「今の話を聞いたあとだと言いだし辛いんだけど……実はもう一件、鑑定を頼みたいんだ」
「おお、なんだ。そんなことか。いいともいいとも!」
中津川は雪緒を脇へ押しやり、甲斐の方へぐいっと身を乗り出した。
押された拍子にあやうく床に転がりそうになったのを堪え、雪緒は二人が話をしやすいように部屋の隅に寄る。
「御免な雪緒くん。鑑定の依頼ばかりして。なかなか絵の勉強ができないだろ?」
そこへ、申し訳なさそうに甲斐が声を掛けてきた。
弟子にまで気を遣ってくれる甲斐の優しさが嬉しかった。同時に恐縮して、雪緒は慌てて首を振る。
「い、いえそんな! 甲斐さんの頼みなら、ぼくは……」
「あー、いいんだ誉。多くの美術品を見ることも絵の勉強の一つだよ。気にするな」
雪緒の言葉は、途中で割り込んできた中津川にぶった切られた。
――先生はもっと、いろいろ気にしてください!
そんな想いを込めてぎりぎり睨む雪緒をまるっと無視して、中津川は甲斐に言った。
「で、今度はどんな『曰く付き』物件なんだい? 今、持ってきてるのか?」
「いや、実物はまだ俺の手元にないんだ。俺は持ち主から話を聞いただけで……」
甲斐は少し浮かない顔をしている。何だか厄介そうな雰囲気だ。
中津川はふむ、と半分ずり落ちた眼鏡を指で押し上げた。
「なら、現物はどこにあるんだろう」
「持ち主の屋敷にある。気味が悪いから、持ち主が動かすのも触るのも厭がっていてね。一臣たちには申し訳ないけど、できれば先方の屋敷まで出向いて鑑定してほしい」
「別に構わないよ。一体どういう美術品なんだい? 今回みたいな壺かな。それとも彫刻だろうか」
中津川の問いに、甲斐は形の良い眉をぎゅっと寄せて、静かに答えた。
「絵だよ。……血の涙を流す少女の絵だ」
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