第一の鑑定 血の涙を流す少女の肖像 1-4
「誉。お前から預かったあの壺のことだけど」
と言ったあと、中津川は味噌汁をズズーっと啜った。
「おお、鑑定してくれたのか。ありがとう。で、どうだった?」
甲斐は食べる手を止め、茶碗を置いて中津川にきちんと向き直る。
こういう所作の一つ一つを見るたびに、雪緒はこの二人の性格が真逆だと感じる。
甲斐は身のこなしや応対が丁寧で、基本的に礼儀正しい。今日も、まだ朝早いというのに上等のスーツを着こなし、髪も寝癖一つなく整えられている。
顔の造作はとびきり良い方に入るだろう。凛々しい眉毛にくっきりとした目鼻立ちが、綺麗な輪郭の中に見事に収まっている。肌も良く日に焼けて健康的だ。
一緒に外を歩くと、婦女子が甲斐にうっとりとした視線を送っている場面に良く出くわす。見目麗しく財産もあり、爽やかで明るい好青年である甲斐は、世の女性たちを常に虜にしているのだ。
一方の中津川と言えば、まず、恰好からして甲斐の足元にも及ばない。
中津川が好んで着るのは擦り切れそうな着物だ。大体が黒っぽい絣の着物に、同じく黒い袴。黒づくめの着物の下には襦袢の代わりに詰襟の
中津川が持っているもので高級品と言えば、舶来物の銀縁の丸眼鏡くらいだろう。その眼鏡さえ、いつも半分ずり落ちている。欧羅巴人向けの眼鏡は、日本人の低い鼻には上手く引っかからないのかもしれない。それでも中津川はその眼鏡を手放さない。
髪はかなりの癖っ毛で、にもかかわらず全く手入れをしないので、寝ても覚めてもぼさぼさのままだ。顔色は中途半端に白く、いつも眠そうに口と目を半開きにしている。
甲斐と比べれば比べるほど、中津川の情けなさが露呈してくる。幼馴染二人の共通項と言えば、背が高いことくらいだろう。ともに六尺はある。揃ってこの板の間に並ぶと、それだけで容量がいっぱいになった気がする。
「あの壺、大当たりだったよ」
一息に言ってから、中津川は味噌汁の最後の一口を飲み込んで茶碗を置いた。
「そうか、良かった。これで安心して売れるよ。ありがとう一臣」
「いや、こちらこそいい体験をさせてもらった。夜泣きする壺と一晩じゅう添い寝できたんだからね。まさにあれは『曰く付き』の品さ」
世の中には『曰く付き』と言われる美術品がある。その曰く付きの品の『鑑定』をするのが、中津川の副業である。
美術品というものは、そもそも念が籠りやすい。
まず、当たり前だが作品には作者がいる。丁寧に作られた美品ほど、その作者の念が籠りやすい。さらに大事に持ち続けてきた持ち主の念が移ることもあるし、絵画などの場合はそこに描かれている人物が作品に強い想いを残していたりもする。
それらの強い念は、時折、美術品を異質な……不気味なものへと変えてしまう。
描いてある林檎がだんだん齧られていったり、彫刻が勝手に散歩しだしたり……夜な夜な壺がむせび泣いたり、といった具合に。
こういった曰く付きの品は、普通なら気味悪がられて敬遠されるが、逆にそういう美術品ばかりを集める『
そこに目をつけたのが、新進気鋭の美術商である甲斐だ。甲斐は全国を回って曰く付きと言われる美術品を集め、愛好者に売り払っている。甲斐の会社が短期間で大きく利益を上げたのは、この曰く付きの品の取引きによるところが大きい。
だが、世の中には悪い輩がいるものである。
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