第8話 骨の在処(5)
「早速、発見された白骨死体を見ていただけますか?」
成川は生吹と蒼を穴守温泉のロビーの端へと招く。成川の後ろに生吹、その後ろに蒼が続き、蒼が不安そうに囁く。
「生吹先生、白骨死体ですって。遺骨や人骨となにか違うんですか? なんだかすごく、生々しく聞こえるんですけど」
「言葉が違うだけだよ。そんなにビビらなくていい」
成川がブルーシートに膝をつき、布手袋をした手で白い布の包みを解くと、中から茶色味を帯びた人骨が現れた。成川が立ち上がり一歩退いたところへ、生吹がしゃがみ込む。白衣のポケットから取り出したビニール製の手袋をパチンパチンと両手に嵌めて、向かい側の部下に教授する。
「普段取り扱っている人骨とパーツは同じ。でもね、馬田君。この人はこの人であって、他の誰でもないの。私たちのここでの仕事は、この人がどんな人あったのか、骨に問うて明らかにし、失われた顔を蘇らせること。そうすれば、警察が犯人を見つけて、被害者の死に報いてくれる。ですよね、成川さん?」
突然水を向けられた敏腕の女刑事は、『当然でしょ』と言わんばかりに腕を組んだ。彼女の自信に安堵して、生吹は視線を人骨に戻す。
「被害者は十代から二十歳手前の日本人女性。古人骨ではなく犯罪性のあるものと思われます。舌骨が損傷していることから絞殺が疑われますが、詳しくは研究室で調べないと分かりません。この後、お預りしてよろしいでしょうか」
成川は、一ノ瀬から事前に人骨鑑定と復顔を生吹に依頼したと連絡を受けていた。成川が首肯したところで、蒼のスマホが鳴った。譲からの電話だった。生吹に用があると言うので、すぐに代わる。生吹は簡単な挨拶を交わし、譲の話に答えた。
「ええ。三次元法だと型を取るので、早くても数日かかります。――――比較する対象者の写真があれば、その方法も使えますが。――――そうですか。他には二次元的に絵を描く方法もあるにはあります。―――――いや、さすがにそこまでは。あ。でも、待ってください。私の専門ではありませんが、蒼君なら上手くやれるかもしれません。――――わかりました。ではそのように」
失礼しますと言って電話を切ったあと、スマホを返すと、蒼がご機嫌で聞いてくる。
「兄はなんて言ってたんですか?」
「なんでそんなに嬉しそうなの?」
「いえ、別に」
生吹は、馬田君と呼ばずに名前で呼んでしまったことに気付かずに、彼のにやけ顔をまあいいと受け流す。
「馬田さんからは、復顔を急ぎたいという話だったよ。いつもの方法だと時間がかかるから、他の方法はないかって相談を受けた」
「そんなのあるんですか? 僕、見たことないんですけど」
「犯罪捜査ではよく、スーパーインポーズ法というのが用いられる。頭蓋骨の写真と対象者の写真を重ね合わせて、目鼻の位置などが解剖学的に一致するかどうか、比較検討するやり方。でも今回、比較する対象者の写真がないということだから、この方法は使えない」
「じゃあ、どうするんですか?」
「二次元法を使う。解剖学的描画法とも呼ばれる方法で、頭蓋骨の写真にトレースフィルムを乗せて、元の
「願望」
「そう。元の顔貌。イメージと言っても、もちろん科学的な根拠に基づくものだけれど」
「へえ、願望にも科学的な根拠があるんですね」
「当然でしょう?」
「当然ですか?」
「私の専門じゃないけど、今回は二次元法でいくことにする」
「すごいですね。僕にはできそうにないです」
「私がやるから、君は見て学んでくれたらいい」
「はい! 勉強させてください。生吹先生の願望!」
馬田の勘違いにようやく気付いた生吹が、額に手を当てる。訂正する気も起きない。
「遺骨を研究室に運ぶから、手伝って」
「はい!」
生吹と蒼は、人骨が痛まないよう注意を払い、新聞紙でくるんで箱に収めた。
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