第6話 骨の在処(3)

 馬田が一課に戻ると、何か動きがあったらしく慌ただしい。一ノ瀬に状況を聞くと、穴守温泉の家宅捜索で新たに人骨が出たのだという。馬田は椅子に座る間もなく、胸ポケットの手帳を取り出し、ボールペンをノックする。


「一ノ瀬さん、現時点で分かっていることを教えてもらえませんか」


「人骨は、穴守藤吾が寝室として使っていた部屋の天袋から、白い布にくるまれた状態で見つかったそうだ。骨には泥が付着していたらしい。穴守彩芽の証言と照合すれば、黒岩菖蒲の骨である可能性が高いが、専門家に来てもらわないと詳しいことは分からない。生吹先生は今回人骨鑑定も頼めるそうだから、さっき復顔と併せて依頼を掛けたところだ」


 馬田はボールペンを再びノックして、一ノ瀬に頼む。


「その人骨が、黒岩菖蒲のものだと決まったら、俺に穴守花咲を調べさせてくれませんか」


「それは構わないが、どうして急に」


「急じゃありませんよ。俺はずっとこの時を待っていたんです。俺の事件――マル蓮の真犯人に手が届く瞬間を」


「真犯人って、穴守花咲のことを言っているのか? お前は最初から穴守彩芽が誰かを庇っていると言っていたが、その相手が穴守花咲だって言うのか? 気持ち的には分からなくはないが、手紙の内容にしても渡し方にしても、穴守姉妹は面識がなかっただろう。風呂場の血痕から、蓮華荘で首切りが行われたのは確かだ。どうやって会ったことのない妹が、姉の家の風呂場で人の首を切れるんだ? 百歩譲って、姉がそれを許すのか?」

「それもそうですね」

 興奮が一時冷めて、馬田の動きが止まる。

「一旦座って、落ち着いたらどうだ」

 馬田はひと間考えて、閃きを得る。

「そうか――。俺はずっと、とんでもない勘違いを。一ノ瀬さん、ありがとうございます!」

「なにが?」

「すみません、説明はあとでもいいですか? 俺、約束したんです。黒岩菖蒲の遺骨が見つかったら、できるだけ早く返すって。黒岩しのぶは膵臓癌です。もう長くはもちません。俺、生吹先生に復顔を急いでもらえるように頼んでみます。遺骨の発見現場も見ておきたいんで、これから穴守温泉に行ってきます!」

 馬田は一ノ瀬に話す間に、さっき脱いだばかりのダウンジャケットを着込み、椅子をデスクに押し込んで席を離れる。

「一ノ瀬さん、できたら穴守花咲に対して、身体検査令状と鑑定処分許可状の申請をしておいてください。午後の取調べには戻りますんで!」

 先輩刑事に無茶な仕事を押し付けて、馬田は颯爽と一課のドアを出て行った。


「まったくあいつは」

 一ノ瀬は嘆息して、予定になかった書類仕事に手を付ける。


 馬田は頭の回転は速いが、周りへの説明不足が玉に傷だ。だが、全てを見抜いたようなあの顔は、仲間にとって頼もしい。周りはなにがなんだか分からないのに、既に事件解決を約束されたような気になるのだから不思議だった。

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