第16話 黒岩菖蒲(1)


 生吹いぶきから最初の電話を受けたあと、一ノ瀬の呼びかけに、馬田譲が反応した。


「塩野武男といったら、マルれんの被疑者、黒岩菖蒲の父親ですよ」


 マル蓮――蓮華荘首切り殺人事件に関しては、馬田の方が精通している。馬田は胸ポケットから手帳を取り出し、該当のページをめくった。


「やっぱり。住所も寄居町です。ほぼ決まりですね」

「塩野武男の写真は?」

「ファイルの中に」

「コピーを回してくれ」

「はい」

 馬田はデスクから分厚いファイルを取って席を離れ、一ノ瀬は斜向かいの成川に言った。

「復顔はまだ途中ですが、新たな情報から、鐘撞かねつきの被害者は、黒岩の父親と見て間違いなさそうです」

「そうですか。では、私の班は、塩野の自宅周辺の聞き込みを始めます。情報源と復顔結果は、あとでメールをください。向こうで確認します」

「今回ヘルプはいりますか? 俺はちょっと気になることがあるので出られませんが、人手が足りなければ、誰か一人そちらに回しますよ」

「大丈夫です。先日はありがとうございました」

 成川はデスクワークを切り上げ、部下二名を引き連れて、一課のオフィスを出て行った。


「あの人もフットワーク軽いっすよね」

「彼女には彼女のやり方があるからな」

「それより、一ノ瀬さんが気になることって?」


「ああ。生吹先生の話では、その塩野武男という男、長瀞で先生と蒼君に、少女失踪事件と犬の怪死事件の話を聞かせた人物なんだそうだ」


「それって……」


「な。引っかかるだろ? 集まった情報を整理すると、中学時代に失踪した黒岩菖蒲と今独房にいる黒岩菖蒲は、同一人物ってことになる。だが、長瀞で塩野は、失踪した少女は既に死んでいるようなことを言っていたんだろう? 何故だ。黒岩菖蒲が生きていることは知り得たはずなのに、何故、少女が死んだと? 何かが何処かで捻じれている。そんな気がしてならない」


 難しい顔で眉間に皺を寄せる一ノ瀬を見て、馬田は出来るだけ軽い調子で言った。

「わかりました。その件に関しては、うちの班で黒岩に探りを入れてみます」


「よろしく頼む」


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