第6話 共有(4)


「蓮華荘殺人事件の犯人、名前は黒岩菖蒲、ですよね」

「そうですけど。黒岩がどうかしましたか?」

 譲が問う。

「いえ、長瀞でちょっと妙な話を聞いたので」

「長瀞で? どういう話ですか?」

 譲の目の色が刑事のそれに変わる。

「昨日泊った穴守温泉で聞いた話です」


 生吹はそう言って、犬の連続怪死事件のこと、その数日後、大雨の日に女の子が失踪したこと、その子の名前が黒岩菖蒲であることを話した。続いて蒼が、露天風呂で聴いた話を付け足す。


「失踪した女の子は当時中学生で、母親は正気を失って、警察に何度も世話になってたって言ってたよ。どうしてそんなこと知っているんだろうって思ったけど、そのまま話を聞いていたら、その人はその子のことを、もう生きていないと思っているみたいで、涙を浮かべてた」


「蒼、お前が見たのが本当に涙なら、その男は失踪した女の子の身内だろう。何十年も経ったあとで他人の失踪に泣ける男なんて、そうはいない。それより俺が気になるのは、中学で失踪した黒岩菖蒲が、今独房にいる黒岩菖蒲と同一人物かどうかってことかな」


「同一人物だとしたら、なぜその男は黒岩菖蒲が死んでいると思うんだ? テレビやネットでこれだけ騒いでいるんだ。黒岩菖蒲の顔を写真なり映像で見る機会はそれまでにいくらでもあっただろう。生きていることだけは知り得たはずだ」


 馬田譲は逡巡して、宙を見詰める。


「それは確かにそうっすね。でも、ただの同姓同名の別人っていう気も、俺はあんまりしないんすけど」


「まあな。俺も妙な感じがしないわけじゃない。ただ、言葉にならんな。なんだか訳の分からんものが這いまわっているような、嫌な感じがするよ」


 黒岩菖蒲――今も独房の中で口を割ることなく、宙に微笑みかける女の名であり、かつて失踪した少女の名。その子の死を確信する親族と思わしき存在。


 二人の刑事はそれきり黙りこくって、沈黙が食卓に落ちた。


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