第2話 怪奇現象(2)

 塩野しおのの待つラウンジには、籐の椅子とガラストップの丸テーブルが四箇所に設置され、背景の大窓から庭が見える。昨夜馬田まだ丸山まるやまと歩いた中庭、生吹いぶきを襲った犯人が逃走した庭である。鯉の泳ぐ池があり、小さな赤い橋を渡った先に木製のベンチ、その傍らに山茶花が満開に咲いていた。


 生吹が適当な出版社を名乗り、名刺を切らしていると詫びながら馬田と揃って塩野の前に座ると、塩野はかまわないよと言いながら腕組みを解く。そうして前かがみの姿勢になると、どろりとした声で語り始める。


「昨日話した大雨の日の少ぉし前のことだ。犬がねぇ、死んだんだよ。変な死に方でな。一匹じゃねぇ。立て続けに四匹。この辺の外飼いの犬が次々と死んでいった。まるで何かの呪いで、順番に命を吸い取られてくみてぇにな。


 最初にやられたのは他でもねぇ、この宿の犬だった。あの山茶花の木の下で客をもてなすのが仕事みてぇな愛想のいい柴犬で、まだ若くて前日まで元気に跳ね回っていたのに、翌日、目をひん剥いて体を反らせて転がっていたんだってよ。当時中学生だったここの娘さんが見つけて、泣きながら庭に穴を掘って、あの山茶花の木の下に埋めようとしたが、客商売の手前、それは許されなかったらしい。


 その後同じようなことが四日も続いた。さすがに何かがおかしいと思い始めた村人の間で、祟りだ呪いだなんて噂が立ち始めた。そんで、五日目はあの大雨だ。犬はやられなかったが、代わりに人の子が一人姿を消した。昨日話した少女がな――」


「それはいつ起きた出来事ですか?」

「犬が最初にやられたのは、ニ十五年前の六月。他に何か聞きたいことはないのかい?」

 生吹はメモに書きつけながら、もう一つ質問をする。

「その、失踪したという人の子の名前は?」

菖蒲あやめ黒岩くろいわ菖蒲あやめ――」


 その名を聞いて生吹に戦慄が走った。

 馬田でさえも、その名には聞き覚えがあった。


 黒岩菖蒲。その名は今や国内で知らぬ者はいない。

 逮捕されて尚、世間を恐怖させて止まない蓮華荘首切り殺人犯と同じ名だ。


「どうだあ? いい記事書けそうかあ? 編集長さん」


「ええ、とても興味深い話です。記事の掲載、前向きに検討させていただきます」

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