第9話 発掘事務所

 二人がその場に突っ立っていると、先程のものと思われるミニバックホーが作業から戻ってきてプレハブ事務所の前に停車した。


 重機操縦士が運転席からぴょんと飛び降り、生吹と馬田に声を掛ける。


「こんにちは! 現地調査にいらした方ですか?」


 重機操縦士は女性だった。グレーのツナギ姿の可愛らしい女性。ヘルメットを外すと片側で結ったしっぽのような髪がふわりと肩に降りた。


 生吹が二人を代表して名乗ると、彼女は穴守あなもり咲花さきと名乗った。


『あれを最初に見つけたのは、たまに仕事で一緒になる穴守花咲という子だよ』


 古杉から話に聞いていた、この現場の重機操縦者で、遺跡の真の第一発見者である。


 生吹は観察するように彼女を見つめた。年齢は馬田と同じくらいか、彼女の方がやや年下だろう。小顔で黒目がちな瞳に柔らかそうな頬。しっかりメイクをしていて、どちらかというとカフェやレストランなどの接客業か、営業の外回りに向いていそうな感じだ。こんな泥臭い発掘現場にはおよそ無縁に見える。


 それにしても、彼女はなぜ、遺跡発見という一世一代の功績を自ら手放したのだろうか。たとえ直接出土品を触ることのないオペレーションの担当でも、遺跡発掘に関わる者ならば、その名を歴史に残したいと思うものではないないだろうか。


古杉ふるすぎ先生は中だと思いますよ。靴のままどうぞ」


 生吹の視線を気にする様子もなく、彼女は軍手を外しながらプレハブ事務所のドアを開けると、笑顔で二人の客人を招き入れた。彼女には解せないところもあるが、人をもてなすことを心得た明るい対応には好感が持てる。


 室内には作業台の長机が整然と並び、裸の蛍光灯が出土品を照らしていた。ガラクタにしか見えない出土品は、一つ一つビニール袋や紙製の箱の中に入れられ、ラベリングされ、カゴの中に納まっている。


 右手奥の作業台はどうやら写真撮影用らしい。被写体に一眼レフカメラをかざす撮影スタッフが一名。その横に古杉の姿があった。外から帰って来たばかりなのか、室内なのにヘルメットをしている。


 馬田は、千円札の人がメットを被っているみたいだと思い、それを生吹いぶきに耳打ちしようとしたが、生吹が「古杉先生!」と呼んだので、自分のナイスな気付きを教える機を逃してしまった。


 古杉が破顔し、二人を歓迎する。

「やあ、生吹先生、馬田君、遠いところ来てくれてありがとう。早速だけど、ちょっとこっちに来て、この骨を見てくれないか」

「え!? どんな骨ですか!?」

 骨と聞いて、生吹の声が弾む。


 二人が古杉に合流した時だった。

「きゃっ」

 という悲鳴と共に古杉の体が前に押し出され、何かの液体が床に飛び散った。

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