第7話 長瀞観光

 岩畳商店街で軽い昼食を済ませた二人は、午後一時には鬱蒼とした山林の中をタクシーで西へ向かっていた。窓から見える景色は草木ばかりで、馬田は退屈して大きな欠伸を一つしながら、スマホでロケーションを調べた。電波は辛うじて入るが、自分たちの現在地を示す青い丸は延々と道なき道を行く。


「生吹先生、ここ、ストリートビューにも載ってないような僻地へきちじゃないですか。本当にこの先に遺跡があるんですか?」

 疑わし気な視線をよこす馬田に、生吹が呆れて返す。

「何を言ってるの。こんな僻地だからこそ、今まで誰にも発見されなかったんじゃないか。電波が入るだけマシだよ」

「それもそうですけど、つまらないです」

 今度は生吹が眉をひそめる番だ。

「私はレジャーしに来たわけじゃないし、君はそれを知っててついて来たんだから自己責任だよ。さっき長瀞から上長瀞まで川下りに付き合ったんだから、観光はそれでいいじゃない。私は電車で行くつもりだったのに」

「いやいやいや、長瀞に来てライン下りしないとか、それ、犯罪ですから! 罰金レベルですから!」

「あの船賃は罰金だったのか」

「違います」

「分かってるよ」

「景色、最高でしたね」

 代わる代わるに答えて、二人は日常と隔離した木船での川下りを思い出す。


 確かに最高だった。あれは一見の価値がある。


 清廉な流水の音。岩にぶつかる水しぶき。川岸に雄大な岩畳。木船を漕ぐ法被はっぴを着た船頭。見上げれば、澄んだ青空と両脇を赤、黄に彩る紅葉。仕事の疲れを忘れ、束の間、休息気分を味わった。自分ひとりでは決して行かなかっただろう。ほんの少しリフレッシュできたことに、ほんの少しだけ馬田に感謝してもいいのかもしれない。


「確かに見事だった」

「でしょでしょ? 仕事が終わったら僕、温泉寄ろうと思うんですけど、生吹先生も一緒に行きませんか?」

「温泉か」

 温泉もいいが、のんびりしたくても翌日も仕事だ。慌ただしいのは好かない。リラックスするなら、ちゃんとまともな休暇を取って、骨の髄まで疲れを癒したい。

 逡巡する生吹を見て、馬田はとんでもない勘違いをして赤面した。両手を振って今言った言葉をかき消しながら弁解する。

「ああ、すみません! 一緒に温泉行くって言っても、一緒に入ろうっていう意味じゃないですよ?」

「そんなこと分かっている! 馬鹿か!」

 生吹は馬田の赤面をひっぱたくように言い放った。

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