絶望少女の異世界征服 〜5度の人生の果てで少女は『魔王』に転生する〜
結乃拓也/ゆのや
プロローグ これは悪役が主役の物語。
地を這うは下等生物。
「――くっそ!」
見下ろすは強者。
「すごいすごーい。貴方はよく頑張ったわ」
ぱちぱちと拍手しながらも、その声音に熱量はない。
深紅のドレスを纏うその『存在』は、剣を地面に突き刺して膝を突く者を冷たい赤瞳で見下す。
ぜぇぜぇ、と荒い息遣いが繰り返し聞こえ、額からは滝のように汗が流れている。それは、これまでの戦いによって蓄積された疲労の現れだった。
「なんでっ……一発も当たらないんだ!」
次々と倒れていく仲間たち。冒険で培われてきた絆が一つ一つ失われていくごとに彼は奥歯を噛み、倒れた仲間たちから託された絆を紡ぐように闘志を燃やし続けた。
重い鎧を纏いながら重い剣を何度も何度も振るい、挫けそうになる心を幾度も振るい立たせ、仲間と世界の安寧の為に戦うその存在はまさしく『勇者』と呼ぶに相応しい。
そんな存在に対となる者がいるとするならば、それはこの世にたった一つしか存在しないだろう。
彼らはそれを、『魔王』と呼ぶのだ。
重い鎧を纏いながら重い剣を何度も振るい、挫けそうになる心を幾度も振るい立たせ、仲間の想いを背負って『魔王』を倒す。それが、ハッピーエンドが約束されたこの世界の物語――なんてことは決してない。
先の勇者の問いかけに、それはくすくすと微笑みながら答えた。
「なぜ一発も攻撃が当たらないか、ねぇ。いいわ、教えてあげる。それは貴方が――私の足元にも及ばない『弱者』だからよ」
「――っ‼」
くふふ、という嗤い声に、勇者の顔が絶望に染まっていく。
世界とは、現実とは、勇者様や読者様が期待するような最高のお話にはならない。
残念ながらこの世に『主人公』なんてものは存在しない。
主人公というものはきっと、圧倒的で絶対的なラスボスを前にして覚醒なり皆の想いを紡いで倒しにくるのが主人公というものなのだろう。
ぼろぼろになってそれでも立ち上がる。足掻き続けた結果、ラスボスが弱体化して逆転勝利する――それらは全て、作者が〝読者を楽しませる〟為に作り上げた都合のいい話でしかない。
さて、では質問しよう。現実というものにその作者とやらはいるのだろうか。
答えは即答。
否、である。
「くふふ。見るも憐れな姿ね」
それは鼻歌を刻みながら嗤うように勇者を見下ろす。
今、勇者には決定的な力な差を見せつけて絶望に叩き落した。しかし彼が真の勇者ならばまた立ち上がる面倒な可能性がある。だから、それは穏やかな声音で、しかしたっぷりと嘲笑を込めてネタバラシをした。
「ねぇねぇ、ちょっと私の話聞いてくれるかしら」
返事はない。けれどそれは構わず続ける。
「何度か、攻撃が当たりそうな場面があったわよね」
「――――」
「思い当たる節がある顔をしてるわね。そりゃそうよね。仲間に支援魔法を掛けられて貴方の肉体は事実強化されていた。仲間が必死になって、私の体力を削ってくれた」
「――――」
「あと少し、一撃でも浴びせることができたら、活路が開けるかもしれない。その一つの希望に噛り付きながら、貴方は勇者としての矜持を以て剣を振るった。でもね……」
にたりと微笑んだ、その直後、勇者の瞳孔が大きく開かれる。
何かに、それの真意に気付いてしまったように、全身が、カタカタと震え始めた。
「希望って、砕ける音がするの。知ってる?」
「――やめろ」
「私、すごく底意地が悪いの。だからね……」
「――やめろっ」
「貴方が初めからありもしない希望に齧りつく様を観たくて、貴方にこの事実を明かした時どんな顔をするのかすごくワクワクしてたわ」
「――お願いだやめてくれっ」
絶望に染まる顔が、縋るように懇願する。
あぁその顔が見たかった、とそれは心の底から愉悦に浸る。
少しずつ積み上げていった希望。それを壊す瞬間が、たまらなく興奮する。
今がまさに、その至福時で。
だからその懇願を、それは己の在り方を知ら示すように――無慈悲に告げた。
「勝てると思わせたくて……ふふっ。手加減しちゃった」
「――っ」
ウィンクしながら言い放たれた告白は、勇者が抱く希望を絶望に染め上げるにはあまり余るほどだった。
それが魅せる無邪気な笑みには、たっぷりの悪辣さが込められていた。黒に黒を足しても尚その悪辣さに勝る事はなく、奈落の底よりも暗い深淵よりも深い穴のように、どす黒い悪意の塊。
何にも言い換えることのできない悪意に、勇者は剣を握るのを止め、膝を突くのを止め、眼前のそれが見せた底知れぬ悪意に、遂に希望に縋るのを止めた。
「あぁ、その絶望に染まる顔っ。ぞくぞくするわ!」
これが現実なんだと教えられたような気分になれて、茫然とする勇者にそれは心の底から愉快げに嗤う。
希望は幻よりも儚い虚像。
その虚像に魅せられた愚者を現実に引っ張り戻す快感。
幾度も味わった虚像が打ち砕かれる瞬間を、今度は自分がする側に廻るというのはなんと気分爽快なことだろうか。
「さて、そろそろ暇つぶしも終わりにしましょうかね。私、この後もまだやることがたくさんあるの」
「――――」
勇者からの返答はない。それまでは体の内側から外へと溢れていた覇気は感じられず、その場に茫然としていて静かに終わりの時を待っていた。
「あーあ。抜け殻になっちゃったわね。殺すか、そのまま放置するか、どちらにしましょうか。放置すれば貴方たちが英雄気取って殺していった魔獣たちの仲間に報復されるだけでしょうけど」
自分か、それとも魔獣たちに任せるか――ではなく、どっちがより彼らの心を壊せるかその判断に迷う。
もう十分に砕いた、なんて思わない。やるならば徹底的に、人間という生き物はわずかな希望があれば再び立ち上がる生き物だと知っているから、その微かな希望すら抱かせはしない。
「うん。私が焼くより、魔獣たちの栄養分になってくれた方が色々と都合がいいわね。此処へ来た貴方たちみたいな愚者も、どこの誰かも分からない骨を見れば恐れを成して引き返すかもしれないし。ちょうどいい魔除け……ならぬ人間除けになりそうだわ」
我ながらに妙案だ、とそれは自画自賛する。
そうと決まれば、とそれは特徴的な束ねた二本の髪を靡かせながら歩き出し――その前に、念の為の他の魔獣がやられぬよう勇者の剣を折っておく。
それはゆったりと手を伸ばすと、剣を空で握るように五指を閉じていった。その瞬間、不可視の力が剣を曲げ、容易に鋼の剣を真っ二つに砕いた。壊音を立てて地面に落ちる剣を満足げに見届けたそれは、仲間も、剣すらも失い生きる屍と化した勇者を睥睨しながら踵を返した。
その刹那に、最後にもう一瞬だけ勇者を一瞥して、息を吐く。
「やっぱ
それは、絶望の化身。
世界ではなく、『人』にのみ恐れられる災いの象徴。
圧倒的な力で全てをねじ伏せるそれを――人々は『魔王』と呼ぶ。
「さぁ、
これは、人を辞め『魔王』となった――ミィリスという悪役の物語。
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