第15話 暗い

一分後の未来も信じられない。望めない。誰でもいいから助けて欲しい。




私をここから引っ張り出して欲しい。




 ふいに冷たさを感じた。




 大量の水がぶっしつけに私に侵入している。前も後ろも右も左もなく、その冷たさは私以外にはなりえなかった。




その後、楽しそうな笑い声が聞こえた。


その声だけで心臓がぎゅっとつかみ取られ、息ができなくなってしまった。




「ゆあちゃーん、そこにいるんでしょ?」




私は物音をださないように、じっと体を硬直させた。




りりかたちが追ってきた。きっと、友達が心配だからとか何とか言って、授業を抜け出してきたのだろう。正義のふりをして。その姿が簡単に目の裏にうかぶ。




「あけろよ」りりかのいらだった声がする。




「ねぇ、水量増やして」


きゅるり、きゅるりと水の栓がどんどんと開いてゆく音がする。ホースから流れ出る水は滝のようであった。




「ねぇ、ゆあちゃーん」




ここで開けてしまったら、どうなることか分からない。


私は、そのままりりかたちが立ち去ってくれることを願った。




 ずっと水を浴びていると、本当は自分は魚なんじゃないかという気さえしてくる。自分に綺麗な鱗とえらがあればいいのにと思う。




 誰かがドアを壊すような勢いでドアを蹴り始めた。




「あけろよ。お前、立場わかってんのか。おいっ。あけろよって」




 どすの利いた低い声でりりかが言った。誰かを服従させる時に隣で何度も聞いてきた声だ。その声の矢印は、今私に向いている。




こんな未来が存在するだなんて思いもしなかった。


私とりりかが数週間前までは友達で、笑いあっていたなんて嘘みたいだ。




 足で扉を蹴る振動は段々と大きくなっている。もうすぐ蝶番が外れてしまいそうであった。




怖い。


怖い。


怖い。


怖い。






助けて。






誰でもいいから助けて。






お願い。






何でもするから。






お願い。






怖いよ。


















助けて。




 静かになった、と思ったら扉上の柱に手をかけるのが目に入った。




上から入ってくるつもりだ。




 ここにいては逃げられない。




私は、仕方なくトイレの扉をあけた。




扉を開けたすきに、トイレから全力で逃げようと思った。




 そう思って力強く扉を開けた先には、楽しそうな笑みを浮かべたりりかがいた。たちまち私は動けなくなってしまった。




動け、


動け、


動かなきゃ。




自分に命令をするけど、体は動いてくれない。




目の隅にはトイレの出口が映り、心臓が這いずり回る。

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