第8話 告白
傾いた陽射しが四角の窓を縁どって、長い廊下に影を落とした。歩くにつれて、騒めきが遠のいてゆく。私の右斜め後ろを歩く吉田君は、いつものうるささが嘘かのように口を噤んでいる。
私は一つ上の階にある音楽室が誰もいないことを確認し、扉を開いた。足を踏み入れると、いつもの音楽室らしい音の残り香がツンと鼻を刺激した。
「吉田君、あのさ単刀直入にいうんだけど」
私はすぐさま口を開いた。
いやことはさっさと終わらせて、家に帰りたい。こんなことよりも、勉強に時間を割きたい。うまくできなかった今日の数学のテストを復習したい。
「うん」吉田君の胸元のボタンは二個も外れ、シャツがズボンからはみ出している。ズボンは腰からずり下がり、上履きはかかとを踏んづけている。誰を真似しているのかは分からないが、非常にかっこ悪いと思った。
「あのさ、」りりかのことを一気に言ってしまおうとした。
言うことは、決めてある。テストと掃除時間にりりかのことを少しだけよく見せるエピソードを付け加えながら、りりかが好きらしいということを伝える文面を考えたのだ。
その時、吉田君の声が重なった。
「いや、ちょっと待って。僕が先に言う。僕は、優紀ゆあさんのことが好きです。僕と付き合って下さい」顔を上げた吉田君と目が合った。
「えっ?」
時が止まったようだった。
「えっ?」
言葉を言った本人が固まっている。
「えっと?」私は、ただただそう言うことしかできなかった。
「いや、ちょっと待って待って。あの優紀さんは僕のこと好きなんじゃ?」
私は首を傾げた。
「えっ、じゃあ俺の勘違いってことか。ごめん。はっずー」吉田君は顔を真っ赤にさせ、髪の毛をガシガシと掻いた。
はらはらと、ふけらしきものが宙を舞っている。汚い。吉田君はやば、俺、だっさ、などとひとりごちながら恥ずかしがっている。赤い顔でぶつぶつと何かを言う姿は、新手の動物に見えた。
「でも、俺は優紀さんに対する気持ちは間違いないから。これはほんと」吉田君はかっこつけるように言った。
「うん、でも…」そんなものは知らない。その好意はむしろ迷惑だ。
「返事は後からでいいから」吉田君は私が断ろうとしたのを遮るように言った。
そうか、でもまだ希望はある。うん。大丈夫。吉田君は色々呟き、「じゃあ、俺帰るわ。また、学校で」と私が喋る間も与えず、すばやく何処かへと消えてしまった。
私は一人、教室に取り残された。
バイクのスロットル音が遠ざかってゆく。
「りりかが恋する男の子に告白をされた」その事実が重くのしかかる。
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