第6話 氷が溶ける
太る、太るといいながら、女の子は甘いものを食べる。
安いファミレスに入ると、りりかはいちごパフェ、晴美は抹茶パンケーキ、かりんはチーズスフレを頼んだ。私の目の前には砂糖の入っていない紅茶が置かれている。
私の前がりりかで隣にかりん。斜めに晴美が座る。この構成は、お昼ご飯を食べる時も、グループワークをするときも、歩く時も変わらない。
「え、まって、推しが尊い」りりかはのスマホを片手に反対の手の指先を口に当て、にやにやしている。「見て、この写真。ゆっきー、顔が天才過ぎない?」
りりかが皆に見せた写真には海を背景に、顔を決めた男四人が並んで映っていた。今、人気の高校生ユーチューバーだ。3D映像とダンスとマジックを掛け合わせた新しいジャンルの最先端の新世代のユーチューバー。四人はそろいもそろってアイドルのような端正な顔つきをしている。
「うちのはるとくんは?うわ、最高かよ」晴美はりりかの画面を覗き込んで言った。
「長野のこのウィンク、神様すぎん?」かりんも二人と同じく悶えている。
最初はりりかだけがファンだったのだが、私たちにしつこく布教したことにより、晴美もかりんもりりかと同じ熱量ではまっている。
晴美ははるとくん推しで、かりんは長野推し。私はその人たちのこと特にどうこう思っていないが、皆に合わせるため残りのrj推しという体にしている。
「いやーrjも負けてないって」私は安っぽい紅茶をストローで啜り、数学の問題を解き進めた。
今日は一応勉強会という名の元、放課後集まっている。いつもの馬鹿っぽいだらだらした話を聞くだけじゃなくて、それなりに勉強することが出来るからまだいいほうだ。本当は家で集中して本気で勉強をしたいものの、話の流れ的に断るわれず、今こうしてここにいるはめになっている。
「なんかさ、さか先やばくね?」りりかが言った。
「あー辞めるらしいじゃん?」晴美は抹茶パンケーキをほおばっている。
ダイエットのためにお昼は豆乳しか飲んでいないから、どうもお腹がすいているらしい。
「なんで?」私は脳みその半分は数学に集中しながら相槌をうった。
「三組の坂田と出来てたらしいじゃん?」りりかの情報網は馬鹿に出来ない。
「えっ?ゲイだったの?」かりんも知らなかったらしい。情報のこととなると、たちまち私とかりん、りりかと晴美に分かれる。
「らしいね。結婚してたのにね」晴美は皿の抹茶ソースをフォークでかき集めている。
「不倫ってことか。やばいね。修羅場」私は、ノートにA21と書きつけた。
「ゲイってことは、男とヤッたってこと?まじ?」かりんが言った。
その時いきなり晴美がげほげほとむせた。「ちょっとまって、想像しちゃったじゃん」甘いロイヤルミルクティーが飛び散る。
「もう、汚いって」晴美の目の前のリリカが眉をひそめた。
「ごめんごめん」晴美は照れたように、ティッシュで目の前を拭いている。
子どもたちが鬼ごっこをしているのか机と机の間を走りぬけていく。子供たちの親はというと、話に熱中しているようで、子供たちのことなど一切目に入っていないようだ。
「ってかさ、吉田君のこと詳しく」かりんはフォークをグーで持ち、チーズケーキを食べている。行儀が悪い。
「それなー」と私は言った
「えぇー、聞きたい?」
「聞きたい聞きたい」正直、りりかの恋愛話などどうでもいいが、興味をあるふりをしとくのが吉なのだ。
「一週間前くらいだっけ?」晴美が言った。
「そう。あんね」と照れたように話し始める。「吉田って基本うるさいじゃん?」
「まぁね」私たちは同意した。いつもクラスの中心でギャーギャー騒いでいる。
「でもね、ちょっと、サッカー部を近くで見る機会があってね、その時の吉田がさ、いつもと違って真剣な表情で走っててさ、それにぐっと来た」
「おぉー」「ギャップ萌えかー」かりんと晴美が恋バナに興奮するようにして言った。
「それでね、この前私が髪の毛変えた日あったじゃん?そしたら、吉田がかわいいねって言ったの。しかもサラッと。思わずときめいてぎゃーって叫びそうになった。吉田って地味にモテ仕草をなんの躊躇もなくぶちかましてくんの。目あったらニコって笑ってくるし」
りりかは、二週間前に大学生の彼氏と別れ、号泣していたとは思えない口調で頬をほころばせて新しい恋について語っている。
彼氏と別れて、生きていけない。死ぬと言っていたりりかはどこに言ったのだろうか。りりかの恋愛脳にはほとほとついていけない。二ヶ月半という短い交際が終わり、別れた直後はひどく泣いていたものの、一週間も経てばすぐに恋に落ちている。受験生だというのに脳みそには一体何が詰まっているのだろう。
「しかもさ、聞いてよ。この前グループワークがあった時にさ、真由美と私、吉田と健介だったわけね。普通さ、こう女子女子、男子男子、で横に2、2ですわるじゃん?でもさ、吉田私の隣に座ってきたの」りりかの一応開いている社会のノートにたくさんの唾が飛び、紙がじわりと滲んだ。
「やってんねー」晴美はまだお腹がすいているのか、メニュー表をながめている。
「それに、顔近づけて私にいろいろ聞いてくんの。やばない?」
「やばい。やばい」かりんがきゃーっと盛り上がる。
「意外とね、吉田まつげ長いんだよ。女の子みたいに」りりかが言う。
「恋する乙女ですなー」と私が茶化すと、「ゆあはないの?恋愛話」と逆に話を入れ込んできた。
「ないよ。ないない」私は顔を横に振って否定した。
「そんなこといってさー。いっつも告られてんの知ってんだからね」
「あの、学年一のイケメンの大橋君にも告白されたんでしょ?」
「それで、ゆあは断ったと」
三人が一斉に攻撃を仕掛けてきた。
「だって、タイプじゃなかったんだもん」
本当は、彼氏という存在が勉強に邪魔だからだ。どうせ、高校生の恋愛ごっこなどすぐに分かれる。大学生に入ってから余裕のある恋愛をしたい。
「ゆあの理想高すぎ。あの顔でタイプじゃないとか。誰ならいいの?」野球部の猿みたいな顔をしている木梨君と付き合っている晴美が言った。
「えー、誰って言うか、んーそうだなー」
タイプもくそもない。そういう恋愛ごとには距離を置いて、なにも考えないようにしている。恋愛なんて受験には必要ない。
「ゆあはrjだもんね」考える私の言葉にかぶせるようにしてりりかが言った。ディオールのリップが綺麗に光っている。
「そっかーrj以外にゆあの彼氏になれる人はいないのか」晴美は相変わらずメニュー表をながめている。
「それじゃ、今度から優紀ゆあさんに彼氏っているんですかー?て聞いてくる奴は、rjになってから来いて言っとくわ」かりんが言う。
「大橋にも言っとこうか?あいつ、延々にゆあの事言ってるよ」りりかは煙草に火をつけた。
例の大学生のせいで、りりかはたびたび煙草を吸うようになった。ここは禁煙のはずだが、お構いなしに吸っている。
「えーいいよー」私は、ややこしい式を丁寧に組み立てた。どの手法を使うかを考えて、候補を出して、ひとつづつ解けるか試してゆく。結構楽しい。
「ってかさ、ミッシェルのマスカラめっちゃ良いよまじ、伸びるしだまにならない」「あれは?サキちゃんのブランドのやつ」「ティンカーウィンクル」「それ。それのマスカラも良いらしい」「――」
女子高生の話は終わらない。
すっかり氷が溶けて薄くなってしまったアイスティーを啜り、赤ペンでノートに大きく丸をつけた。
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