第44話:らしくない
こうして他人に話せば思い知らされる。なんてくだらないんだと。
好きな人から拒絶されました。ただそれだけの出来事をどんだけ拗らせてんだと。
白坂からすれば「そんなこと?」だろう。当人の俺だって思うのだから。
でもそんな気持ちが覗く顔は見たくなかった。白坂はきっと隠してくれない。いや、隠せない人だと思うから。
だから先手を打った。
「たかがそれだけなんだよ」
知りたかったのだろう。申し訳ないね、こんな程度のことで。
だが白坂の表情は俺が予想していたものではなかったし、返答もまた違った。「たかがかなぁ?」と首を捻っている。
むう、と眉間に刻まれたシワは言葉の持つ疑問からなのか、それとも別の意味があるのか。
白坂が「自分語りいってもいい?」と前方を向いて言う。智也が頷いたのを端で確認したのか話を始める。
「あたしね小さい頃男子にバカにされてたの。髪の毛引っ張られたり叩かれたりからかわれたり」
「……」
「きつかった、学校行くのも嫌だった。しょっちゅう泣いてたよ」
「白坂さん……」
「可愛いねっりっちゃん♪」
「えっ」
突然歌が挟まれて声をあげたのは智也。俺もぽかんと口を開けた。
コイツはシリアスとか真面目な雰囲気になると死ぬ呪いでもかけられてんのか?
「でもさ、ほら、ここだけの話。あたしって思い込みの激しい一面があるのよ、実は」
なにが実は、だ。智也が「知ってるよ、実は」と優しく突っ込む。隣で俺も頷いた。「なんと」じゃねぇのよ。びっくりしてんな。
「最初は無理やりにでも明るくしてたの。んでそうやってたら、もうネガティブにはなれなくなってしまいました。悩んでも長続きできないのです」
そう言ってから白坂は俺へ視線を向ける。
いつもと同じ、よく見せる笑顔だった。
なのにどこか違う。この表現は少々悔しいが、大人びて見えた。
「……小さい頃に男子から意地悪されてた、なんてさ。他人からすれば「だから?」だよね。実際さクラスの子とか先生には「好きな子には意地悪しちゃうんだよ」とか言われてね、挙句一部の女子にはあたしの方がウザがられてたし」
「……」
「意味不明だよね、向こうが好意だから許せとか仕方ないねとか、そういう雰囲気出されてもさ、あたしには関係ないじゃん?」
「うん、そうだね……」
「それを受け入れられる人もいるかもだけど、あたしは無理だった。あたしにとっては地獄みたいだった」
白坂は過去の話をしている。
だけど俺の頭に浮かんだのはあの先輩だった。コイツの傘を拝借し、自作自演を目論んでいたあの。
何かを考えたわけじゃない。
好意がどうのと言うから浮かんだだけ。
だが……今、俺は何を思った。それは驕りだ。
「だからね、瀬名くん! 経験したことにたかがなことは何にもないんだよ」
「……」
「朝起きるのも昼起きるのも夜中起きるのも、全部大したことなんだよ」
何で全部起床なのか。
そんな疑問はひとまず置いといて、俺は背もたれに体を倒すと腹の上で手を組んだ。
俺の「おう」という返事に白坂はどんな表情をしただろう。俺は見なかった。
気恥ずかしかったのだ。予防線張った自分が。
そして少し、嬉しかった。何が嬉しいのか分からないけど。胸の真ん中が、熱い。
「白坂さんいいこと言うねぇ」
「そう、全てに意味があるのです。今日の夜中比永くんが眠れなくなるのも、ただのビビりからではなく、きっとそこには……」
「ちょっと? 何でそんなこと言うの?」
「大丈夫だよー、瀬名くんがついてる!」
「ちづ、今日は夜通しゲームしよう。一緒に朝日見よう」
「バ〇オクリアしようぜ」
「ちづ?」
ぎゃあぎゃあ喚く智也は白坂に任せよう。
空になったグラスを手にキッチンへ向かう。熱くなった喉を麦茶で冷やすと力が抜けていった。
女子相手にあんだけ喋ったのだ。しかも自分の話を。首を撫でてふうと息を吐き出す。
振り返り智也と笑う白坂の横顔をぼんやり見る。
ぽつぽつと先ほどの話がよみがえった。映像として浮かぶのはやっぱりあの放課後だ。
俺は驕っている。先輩の一件、自分の行動は間違っていなかったんだと思ってしまった。
あの時俺が動いた理由に正解も何もなかったというのに。俺は誰かから評価してほしくて動いたわけではないのに。
だけれどそれでも。
ひっそり思ってもいいだろうか。
やらなくてもいいと思わなかった、あの時の自分は正しかったと。
なんて、
「……らしくねぇな」
漏れた呟きは自嘲。けれど悪くない気分だ。
前髪を掻き上げ小さく笑った。これもまた自嘲。なのにやっぱり、気分は悪くないのだ。
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