奥さんをください!

物部がたり

奥さんをください!

 何とも奇妙な状況だった。

 旦那と妻、その妻の不倫相手が結婚の承諾にやって来た。

「私たち、結婚を前提にお付き合いしていたの……」

「旦那さん、奥さんを僕にください」

 まるで父親に頼むように、妻と不倫相手は旦那に頭を下げた。

「何言ってんだ! やるわけないだろ!」

「どうしてですか。僕たち愛し合っているんですよ!」

「そんな問題じゃない! 誰にもの頼んでるんだ。俺、旦那だぞ。どこの世界に旦那のもとに妻もらいに来る奴がいるんだよ!」

「ここにいます」

「イレギュラーだよ!」


「いえ、別に珍しいことじゃありません。僕の父も略奪婚を経験していますから」

「あんたの父親も人の妻を略奪したのかよ……その親あって、おまえありだな」

「いえ、母を略奪されたんです」

「そっち!」

「僕がまだ小学校低学年という多感な時期、突然知らない男が家に押しかけてきて、僕の母を奪っていったんです」

「だったら、妻を奪われる俺の気持ちもわかるだろ。自分がされて嫌だったことを人にするなよ」


「そのとき僕は心に決めたんです。いつか自分がされて嫌だったことを、誰かにしてやるんだって!」

「そっち側の人間かよ。おまえはこんな男のどこに惚れたんだよ!」

 旦那は妻に問うた。

「それはもちろん――地位と名誉と財産よ」

「このチャラ男のどこに、地位と名誉と財産があるっていうんだよ!」

 旦那はチャラ男を指さした。

「ぼくはこう見えても××財閥の御曹司ですよ」

「××財閥だと……そんなの嘘に決まってるだろ。××財閥の御曹司だって言うなら、証拠を見せろ!」


「嘘じゃないわ。この人××財閥の御曹司よ。この人の首筋には××財閥の直系だけが持つ星の痣が首筋にあるわ!」

 そういうと、チャラ男は首筋の星の痣を見せた。

「これが証拠です。僕は××財閥の御曹司だと信じてもらえたでしょうか。行く末は財閥を父から譲り受けるのです。僕は生まれながらに地位も名誉も財産も持っている選ばれた人間なんですよ!」

「そうだったとしても、金で愛は買えないだろ」

「じゃあ旦那さん、逆に聞きますが愛でお金は買えますか。この資本主義社会において、お金で買えないものありません!」


「ゲスの極みだな」

「いくらです」

「いくら?」

「いくらで奥さんさんを買えますか」

「俺に妻を売れっていうのか!」

「人聞きの悪い言い方はよしてください。僕はただ奥さんを買いたいだけです」

「それが人聞きの悪いことだよ! 妻は奴隷じゃねえ」


「では、言い方を変えましょう。いくらで譲ってくれますか? 一億で足りますか?」

「馬鹿にするな! 売るわけないだろ!」

「ああ、一億じゃ、奥さんさんに失礼か。なら十億ならいいでしょう」

 ボストンバックから札束を積み上げるチャラ男。

「いくら金を積まれても、妻はやらん!」

 強情を張る旦那に痺れを切らせ、妻が叫んだ。

「もう、いい加減にして! 貧乏な暮らしに疲れたの! 贅沢がしたいの! ボンペリ飲んで、ドンペリ飲んで、ドンペリ飲みたいの!」


「贅沢な暮らしのイメージが貧弱だよ!」

「だから、私のことは諦めてちょうだい。私は彼とドンペリ飲んで幸せになるの!」

「ドンペリから離れろよ……」

 夫は心の中で思った。

 こいつは、この男と結婚する方が幸せなのだろうか、と。

「好きにしろ! おまえがいなくなって清々する」

「それじゃあ、了承してくださるのですね」

「ああ……」

「それでは、この一億は前金としてここに置いて帰ります」


「そんなもんいらねえよ!」

「もらっておきなさい。この人にとって、そんなのはした金だから」

「それじゃあ、これから色々と準備があるのでお邪魔します」

「ちょっと待て」

「まだ、何か?」

「おまえは妻のどこに惚れたんだ」


「そりゃもちろん、顔とスタイルですよ」

「おまえ本当にゲスだな……」

 チャラ男は立ち去り、最後に妻が小さな声でいった。

「幸せになってください」

「おまえ……まさかこのために……」

 妻は悲しそうに微笑んで、部屋から出て行った――。

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