居酒屋仏五郎

お茶の間のデンキウナギ犬

第1話 蓄光、笛付きガラスペン

東京のお隣神奈川県、海が間近に見える横浜の

某老舗書店の向かいにその店はあった。


「いらっしゃーい。」


こぢんまりとした5席ほどのカウンターに、

赤く、丸い椅子が5つ並んでいる。

居酒屋仏五郎の店主は、ミミズクだった。


「これ、おしぼりね。お通しでーす。」


お通しはカリカリに焼いてあるベーコンが入ったポテトサラダだった。

やった、当たりだ。

お通しに手が込んでいるお店は間違いない。

仕事の後、1人で居酒屋へ通っていて、感じたこと。

私、山内恵子は特にこれといった趣味はなく、週末1人で居酒屋へ通うのが日々の楽しみだった。

仕事は毎日忙しく、平日は帰って1人で家事をして、お風呂に入り、スマホでつまらない友達のSNSにいいねをつけて、適当にネットニュースを読んで、寝る。それの繰り返し。毎日飽き飽きしていた。



それにしても、何故ここのお店の店主さんはミミズクなの?

それを聞いていいのか、スルーすべきか、とりあえず注文したビールを飲みながら恵子は考えていた。


「お客さん、なんで店主ミミズクなんだろうって思ってるっしょ。」

「え!・・・い、いや・・・はい。」


ミミズクは「はは、正直だなァー」と笑いながら里芋を煮ていた。

狭い店内は甘じょっぱい匂いで満たされ、何故か懐かしい気分になった。


「ここでは細かいことは気にしちゃだめなんすよ。あ、あと焼き鳥は扱ってないからねー!」

ミミズクが笑いながら里芋の鍋を火から外した。喋り口調が独特だが、雰囲気から察して悪いミミズクではないらしい。


お通しのポテトサラダを口に含み、そのまろやかな美味しさに舌鼓を打っているとガラガラと店の扉が開いた。


「こんばんは。」


眼鏡をかけた、丸顔の女性が入ってきた。

女性は私に会釈し、1番奥の席にちょこんと座った。


「おっ、ザキさん!久しぶりっすねー。いつものでいいっすか?」

「はい、お願いします。」


どうやらこの女性は常連のようだ。

注文したアジのなめろうを、ちみちみとつまみながら

やっぱりこの店は当たりだな、とニンマリした。


「ザキさんどうよ、最近。おもしろいガラスペンあったー?」

「ありますよ。じゃーん。」


眼鏡の女性は何が入っているんだろうと思うほど大きなカバンから、大事そうにケースを取り出した。ケースを開けると、薄い緑色の、ガラスでできたペンが入っていた。


「うわ、もしかしてこれまた蓄光でしょ。」

「うふふ、よくわかりましたね。しかもこれ、笛になるんです。」

「意味わかんねぇ〜!」

ミミズクはどっと吹き出した。頭についているカラフルな羽がゆらゆらと揺れて、魚をおびき寄せるルアーみたいだなと思った。


ガラスペン、と聞いたことはある気がするけれど、本物を見たのは初めてだった。

思わず席が離れているのに身を乗り出して、まじまじとガラスペンを見た。


「へぇー、綺麗ですね。ガラスペンってなんですか?」

お酒が入って少し気が大きくなっている私は、普段ならこんなことをしないのに、眼鏡の女性に話しかけていた。


「ガラスでできているペンで、毛細管現象でインクを吸い上げるんです。書き心地と音が最高です。」

眼鏡の女性はテレビショッピングで商品を紹介するかのような手つきで、ガラスペンをよくよく私に見せてくれた。


「知りませんでした。素敵ですね。」

「うふふ、でしょう。ブッコロー・・・あ、このミミズクさんも好きなんですよ。」


どうやらここの店主はブッコローというらしい。

なんだかちょっぴり物騒な名前だな、と思った。


「お客さん、ザキさんは文房具王になり損ねた女なんすよ。変な文房具ばっかり集めてて。おもしろいっしょ?私も最初は全然興味なかったんだけど、話聞いてるとなんだか沼にはまっちゃうんだよねー。」

「へー!他にはどんな文房具があるんですか?」

「うふふ。とっておきのこれ、見せてあげます。」

「ザキさん、三代目直記ペン見せてあげなよ!」



・・・・



店主のミミズク改めブッコローさんと、眼鏡の女性改め岡﨑さんはとてもユニークだけどいい人(鳥?)たちで、私はすぐに心を開くことができた。

お酒の力もあったかもしれないけれど、2人のその博識さと人柄、話のうまさに私は心惹かれ、どんどんブッコローさんが言っていた、文房具の沼にはまっていくのがわかった。


おもしろ文房具の話を肴にお酒は進み、気がついたらハイボールを4杯も飲んでいたことに自分でも驚いた。


「私、今度蔦屋にその笛付きのガラスペン買いに行ってこようかなぁ。」


私がボソッと呟くと、ブッコローさんと岡﨑さんが一斉に吹き出した。

「恵子さん!ザキさんは向かいの有隣堂の文房具バイヤーなんすよ!それ、1番言っちゃいけないやつ!」

「え!?ご、ごめんなさい!じゃあ、有隣堂に買いに行きます!」

「いや・・・これ有隣堂に売ってないです。」


岡﨑さんは両手で口を包むようにうふふ、と笑った。

ブッコローさんはやれやれ、とビールジョッキを洗っている。

なんだかとても面白くて、それと同時に居心地がいいな、と感じた。



「今日はありがとうございました。文房具のこと色々知れて良かったです。」

「いえ、今度有隣堂にも遊びにきてくださいね。」

「またウチの店にも来てねー!」


私は居酒屋仏五郎を後にし、向かいの有隣堂をまじまじと見上げた。


「月曜日、仕事終わりに行ってみようっと。」


私はちょっぴり、月曜日が楽しみになった。

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