第15話おせっかい夫人は愛される妻になりたい
「とうとう、とうとうやったわ、エレナ。私の"おせっかい"が実を結んだのよ……!」
やったあ! と両手を放り出した私の隣で、荷馬車の中だというのに姿勢良く座るエレナが「危ないです、シャロン様」と淡々と告げる。
「馬が驚き暴れでもしたら、お怪我をなさいます」
「あ……そうだったわね。ごめんなさい、トーマス」
後半は慎重にトーマスに届く程度の声量で告げると、御者台で手綱を握るトーマスが「へーい」と気だるげに返してくる。
私は安堵に息をついてから、隣のエレナに、
「でも、本当に良かったわ。これで少しでも"おせっかい夫人"の評判が良くなるといいのだけれど」
「シャロン様。失礼ながら万が一の事態に備え、旦那様があらぬ誤解をされた際の釈明方法を考えておくべきかと」
「あらぬ誤解?」
「事情を知らぬ外の者から見れば、旦那様が長らくご不在であるシャロン様が、熱心にサールマン伯爵様の別邸に通っていた姿だけが事実となります。貴族のご婦人方が好みそうな状況ですし、噂には尾ひれがつきものですから、お二人の不貞を噂される可能性も否定できません」
「ふてっ……!?」
思わず声を上げそうになり、慌てて両手で口を塞ぐ。
不貞。私と二コラ様が。
"泣いた絵"のことで頭がいっぱいで、まったく考えもしなかったわ……!
「ど、どうお話したらいいのかしら……! いいえ、そもそも誤解される可能性を考慮できないような妻じゃ困ると、エイベル様に呆れられてしまうんじゃ……っ」
「んー、大丈夫じゃないっすかねえ」
「トーマス?」
話に割り入ってきたトーマスは、前を向いたまま、
「旦那様は"噂"だけを信じるような方でもねーですし。奥様がちゃーんとご説明されれば、分かってくれると思いやすよ」
「そう……だといいのだけれど。信じるわよ、トーマス」
「プレッシャーかけんでくださいよ。でもまあ、俺もエレナさんも一緒でしたし、怒られるときは皆で一緒に怒られやしょ!」
カラカラと笑うトーマスに、深刻さは微塵もない。
エイベル様の人と成りを知っているであろうトーマスがこの調子なら、きっとお優しい人なのだろうけれど……。
「でもやっぱり、"初めまして"から不貞を疑われるのは嫌だわ。だって、その、私はエイベル様の妻なのだもの。疑われるよりは、愛されたいわ」
恥ずかしさに火照る両頬に手を遣りながらの告白に、てっきりエレナは呆れたと息をつき、トーマスは笑ってからかってくるのだろうと目をつぶって身構える。
けれど、どれだけ待っても、聞こえるのは荷馬車が道を踏みしめて行く音だけで。
あら? とおそるおそる瞼を上げて二人をきょろきょろと見遣ると、トーマスは行き先を見つめたまま、
「……エレナさん。こりゃあ、旦那様がお帰りになったら、ますます忙しくなるってもんっすね」
「はい。申し訳ございませんが、これまで以上に、何かとお力をお借りせねばならないかと」
「水臭いっすよー。同じクーパー邸で働く仲じゃないっすか。平穏な日々を守るためにも、頑張りやしょう」
「ちょ、ちょっと二人とも、いったい何の話をしているの……!?」
今って"ありもしない噂"についての解決策を話し合っていたんじゃなかった!?
訊ねる私にも、二人は、
「大丈夫っすよ、奥様はそのまんまで」
「シャロン様。お屋敷に戻りましたら、旦那様がお戻りになる際のドレスを決めましょう。シャロン様の魅力をより一層引き立てる髪型と、装飾品も選ばなくてはなりませんから」
「えと、それは是非とも手伝ってほしいけれど、不貞疑惑の釈明を考えるのは?」
「んなの後回しでいいっすよー。旦那様をめろめろにさせて、うやむやにする作戦に切り替えやしょう」
「ええ。シャロン様には正攻法よりも、その方が手っ取り早いかと。それに、"愛されたい"というシャロン様のご要望にも添えます」
ええ……だ、大丈夫なのかしら。
はたして私でエイベル様を"めろめろ"にすることが出来るかは分からないけれど、何事もやらないよりは挑んでみるべきよね……!
「そうと決まればエレナ、トーマス。エイベル様のご帰宅までに少しでも"愛される"妻になれるよう、力を貸してね!」
意気込む私に、エレナとトーマスが口角を上げる。
「奥様がお望みとあらば、喜んで」
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