幽霊男爵のおせっかい夫人~借金返済のために結婚した令嬢の、愛され問題解決録~

千早 朔

第1話嫁いだ先では失敗続き

「わからないわ。なにがいけなかったのかしら」


 青々とした新緑にかぐわしい薔薇の香りが混ざり合う、気持ちのいい青空の下。

 お屋敷のテラスで午後のティータイムを楽しんでいた私は、先ほど侍女のエレナから受け取った手紙にしたためられていた内容に首を捻る。


 差出人はこの郊外周辺で有名な社交好きのマダム、ラスティ夫人。

 ぜひ気軽にいらしてと書き添えられたお茶会の招待状を手に、いそいそと参加させていただいたのは十日ほど前。

 素敵な会にご招待いただいたお礼とは別に、私的な手紙を送ったのは、五日前のことだったはず。


「シャロン様。ですから私は、お止めになられたほうが良いと申し上げたのです」


 呆れ半分、哀れみ半分。そんな声で、側に控える侍女のエレナが告げる。

 きちんと結われた空色の髪は、今日も乱れなく美しい。どんなに櫛を通してもすぐにふわふわと、あちらこちらに向いてしまう私の髪とは大違い。

 私は「だって」と、淡いブルーグレーの瞳を見上げ、


「ラスティ夫人がおっしゃったのよ? 近頃王都に出来た"フィクタ"ってお店のアップルパイを食べてしまったら、それ以外のアップルパイは食べれなくなってしまって困ってるって。だから私、少しでもお力になれたらと思って……」


「王都で販売されているありとあらゆる店のアップルパイを試し、近い味の店の名を羅列したばかりか、"フィクタ"のアップルパイとほぼ同等の仕上がりとなるレシピまで考案し添えるのは、やりすぎです」


「どうして? たった一店のアップルパイしか食べられないだなんて、あまりにお可哀想じゃない! それに、その話をしていたラスティ夫人も"耐えがたい悲劇"だと目元を拭われて、本当にお辛そうにしていたのよ?」


 そう。だから私は、嘆き悲しむラスティ夫人のお姿に心を打たれて。

 ほんの少しでもお力になれたらと。ラスティ夫人の悲しみが晴れるよう願いながら、急ぎ行動して、手紙を送ったというのに。

 夫人から届いた返書には、


『今後はこうした"押しつけがましいご配慮"は、無用にございます。お屋敷のばんに飽いていらっしゃるのでしたら、クッキーをお供に新たなお紅茶を試されてはいかがでしょうか』


 うん、怒ってらっしゃる。

 暇を持て余しているのならクッキーでも食べていなさい! って言われている。


 しかもこれって、貴族風な言い回しの「もうお茶会のご招待はしません」って意味なんじゃあ……?

 あうあうと涙目で見上げる私に、エレナは「いいですか、シャロン様」と諭すようにして、


「以前も申し上げましたが、王都の"フィクタ"といえば連日列を成すほどの人気店です。更にはそこのアップルパイは看板商品。私が推察しますに、ラスティ夫人の"困った"は解決を求める意図はなく、その場でたった一人その味を知る者という周囲からの羨望を得て、ご自身の優位性を誇示するための発言だったのではないかと思われます」


「それなら素直に、羨んでちょうだいとおっしゃってくだされば良いのに……。どうして貴族というのはこう、回りくどいの!」


「失礼ながら、シャロン様も"貴族"でいらっしゃいます。ご生家でも、現在も」


「うう……」


 エレナの指摘は正しい。とはいえ、素直に同意は出来ない。

 私の生家は人よりも牛や鶏の数の方が多いのどかな田舎で、それこそ"貴族"と聞いて思い浮かぶ煌びやかな社交界とはほとんど無縁な生活をしていた。


 長女として生まれた私は、殿方の好む仕草よりも牛の喜ぶブラッシングを。

 ご令嬢方が好むドレスや焼き菓子の流行よりも、その日採れた作物をいかに無駄なく美味しく食べるかを極め。


 穏やかでのんびりとした両親と、五つ下の素直で可愛らしい弟のテッドと共に、苦しいコルセットなど使わない伸び伸びとした生活を楽しんでいた。


 お嫁にいけなければ、それはそれで。

 領地の村人は皆シャロンのことが好きだし、このまま家で経営の手伝いをしてくれたらいいんじゃないか、というのが両親の方針で。


 私も領地での生活が気に入っていたものだから、無理にお嫁になど行かなくともいいのかもしれないと考えていたのだけれど。


 状況が一変したのは、十七歳の時。

 珍しく王都に出向いていたお父様が見事騙され、一晩で多額の借金を背負ってしまった。


 なんでも気分よく酒を飲まされ酩酊状態にされ、ろくに思考が定まらないまま、極秘に炭鉱が発掘された鉱山とやらの購入承諾書にサインをしてしまったのだという。


 経緯がどうであれ、契約書は契約書。

 せめて鉱山などまっかな嘘で、完全に嘘の契約書だったならば、まだ契約を無効にする方法もあったのかもしれない。


 けれども不幸なことに記載されていた鉱山は実在していて、極秘に発掘されたという炭鉱は、明らかに人為的に埋め込まれたものが数欠片。

 ほとんど田舎に引きこもってばかりだったがために頼る相手などいない私達に残されたのは、領地と爵位を返上し、家族そろって没落するのみ。


 突如突き付けられた現実が、まだ自分の身の事として受けとめられずにいた最中。

 一通の手紙が届いた。


 差出人はエイベル・クーパー男爵。

 王家も懇意にしているという国内きっての大商会、ザクリア商会の会長に次ぐ有権者からだった。

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