あの日のヒーロー
ユラカモマ
第1話
半袖から伸びる腕の筋肉には男っぽい魅力が詰まっていると思う。大学構内のオープンカフェから見える運動場ではサッカーサークルが駆け回っており、それをストローでちまちまチョコドリンクを飲んでいた彩也はガン見していた。すると突然後ろからどつかれ思わずストローを噛んでしまう。最悪だ。
「痛っ! 何すんのよタロー」
「お前また筋肉ウォッチング、とか言って見てるな。いい加減変態臭いから止めろ」
後ろからどついてきたのは幼馴染みのタローだった。地元からの付き合いで大学も一緒だからかれこれ10年を越える付き合いになる。
「まだ例のヒーローとやらを探してるのか?」
「もちろんよ! 諦めるわけないじゃない。見たらぜったい、 分かるんだから。あのギュッと締まった筋肉、私の理想!!」
彩也の言うヒーローとは3ヶ月前、彩也が交通事故に合った時、助けてくれた人のことである。頭がくらくらして目も耳もろくすっぽ利かなかったけれどあのたくましい腕の感触はしっかり覚えている。すばらしい弾力の力強い腕だった。大学に入ったところで不安だったこともあり彩也はその顔も声も知らない相手にすっかり惚れ込んでしまったのだ。
「見つかるわけねーだろそんなん…それよりほら次の講義遅れるぞ」
「タローの意地悪…いいもん、いつか見つけてデラックスサンダーおごらせるから」
「そんなこと言って先月も見つからずにレモンソーダおごってくれたよなー、ごちそう様でした。今月も期待してまーす」
「もー、ぜったい見つけるから! っていうか、タローもいい加減半袖にしたら? そろそろ暑くなってきたでしょ。せっかくだし腕だしなよ。まぁ、あの人の筋肉には負けるでしょーけど?」
「やだよ、おまえに変な目で見られるとか冗談じゃない」
「残念、あんたみたいなひょろひょろ完全対象外なんだから。悔しければ鍛え直していらっしゃーい」
イーッと子どもっぽくケンカを売る彩也にそこまでひょろくないと言い返したいのをタローはぐっとこらえる。下手なことを言うとバレてしまうからだ。彩也を助けたヒーローなんて居なかった、と。タローは首に浮かんだ汗をぬぐいながらこの夏をどう乗り切ろうか、思案を巡らせた。
あの日のヒーロー ユラカモマ @yura8812
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