3-9. 無謀

 エリカの様子がおかしいことは分かっていた。

 そして彼女が去った後、嫌な予感が止まらなかった。


 具体的な言葉にすることはできない。

 ただ、今すぐに行動しなければ、後悔するような気がした。

 

「ご主人さま」


 腰を上げた瞬間、レイアが言った。


「なんだ?」

「……本当に、行くの?」


 当たり前だ。

 言いかけて、口を閉じる。


 直前に「戦う理由」を話したばかりだ。

 その上でレイアが今の言葉を口にした。理由があるはずだ。


「レイア、どうしてそんなことを聞く?」

「無謀だからよ」


 レイアは言う。


「勝てる確証が無い。それでも行くの?」

「無論だ」


 私はまず返事をした。

 その後から思考が付いてくる。


 レイアは、ここで追いかければ再び戦闘になることを確信しているのだ。


 力の差はハッキリしていた。

 しかも、相手にはまだ二人も控えている。


 勝てる可能性は無いに等しい。

 しかし、それは命の恩人を見捨てる理由にはならない。


「……まったく、仕方のないご主人さまね」


 レイアは溜息を吐いた。


「良いわよ。私も、嫌いじゃないから」

「レイア……」

「それに、私の全部はご主人さまのモノ。ご主人さまが決めたのなら、従わない理由なんて無いわよ」

「……ありがとう」


 素直ではない言い方だが、その気持ちは伝わった。


 私は二人が普通に会話していた場面を見ている。互いに目を逸らさず、会話していた。


 きっと初めての経験だったに違いない。

 私は二人の関係を表現する言葉を知っている。


 友人だ。

 友のため、レイアは無謀な戦いに付き合うと言ってくれた。


「では、行こうか」


 こうして私は、死地へと向かった。



 *  *  *



「……なぜ」


 エリカの声がした。

 彼女は鎧を剥がれ、ボロボロの姿で地面に倒れている。


「なぜ、来てしまったのだ!?」


 私は武器を構え、敵を睨みながら言う。


「恩人のため。そして、友のため」


 レイアもまた、隣に立った。

 彼女は武器を持っていない。しかしスキルで強化された拳は岩をも砕く。


 だが、相手はそれ以上に強い。

 圧倒的な強者は、弱者を見て笑った。


「獲物がッ、自ら来やがった! 傑作だ!」


 その態度から、私とレイアの登場が全く脅威になっていないことが分かる。事実、力の差は痛い程に感じている。私も逆の立場ならば多少は愉快な気持ちになるかもしれない。


 しかし逃げる選択肢は無い。

 ここで引けば、俯きながら生きていた頃に後戻りして、もう二度と前を向けない。確信がある。故に私は、腹に力を込め叫んだ。


「私はクド。貴様に一騎討ちを申し込む!」


 ルーム内に私の声が反響する。

 相手の……いや、敵である三人は虚をつかれたような顔をして、やがて腹を抱えて笑い始めた。


「ぷっ、くふっ……おぃナクサリス、一騎討ちだとよ」

「……いいじゃん。んふっ、傑作だよ。受けておやりよ」


 大男の後ろに控える二人が言った。

 ナクサリス。どうやらそれが彼の名前らしい。

 

「あー、一応、理由を聞いてやろうか」


 彼は笑いを堪えて言う。


「それをすると、俺に何の得があるってんだ?」

「無い」


 私は即答した。

 互いの数は同じだが、個々の力はまるで違う。共に戦った時間の差を考慮すると、相手の方が圧倒的に有利だ。あえて一騎打ちを選択する意味など、相手には無い。


 これは私が一方的に得をする条件である。

 だからこそ、意地でも受けて貰わなければ困る。


 故に、私は彼を煽る。


「しかし、どちらが上かハッキリする」

「……ほぉん?」


 彼は両手を広げ、一歩前に出た。

 武器は持っていない。その代わり、巨木のような太い腕を見せつけるかのように、肩を回している。


「えーっと、あー、なんだ? 俺は怪物を狩る者ウガ・バハルだ」


 彼が名乗ると、後ろの二人が笑った。

 意図は不明だが、とても不愉快な笑い声だった。


「遊んでやるよ」


 彼が腰を落とす。

 次の瞬間には懐に入られていた。


 私は咄嗟に身体を捻り、最初の拳を回避する。

 そして回避した勢いを殺さず、反撃を仕掛けた。


 彼は不敵に笑うと、軽く腕を上げた。

 その腕に短刀が突き刺さ──らない。


「なっ」


 まるで岩か何か叩いたかのような感触。

 私の攻撃は、彼に傷ひとつ付けることができなかった。


「どうした? 玩具か、それ」


 煽るような言葉。

 私は咄嗟に距離を取り、再び武器を構えた。


 ……想像以上、差がある。


 無謀な挑戦であることは百も承知。

 しかし、事前に想像したよりも遥かに差がある。


 ふとレイア達に目を向けた。

 二人とも不安そうな様子で私を見ていた。


 エリカはきっと混乱している。

 私がどうして戦っているのか分からないのだろう。


 レイアは苦虫をかみつぶしたような顔をしている。

 きっと私の意図を理解して、自分の感情を押し殺しているのだろう。


 ……勝たなければならない。


 この場所に来る前の私ならば、きっと逃げ出していた。

 あるいは、理不尽な暴力を受け入れることしかできなかった。


 ……絶対に、勝たなければならない!


 歯を食いしばり、呼吸を整える。

 感覚を研ぎ澄ませ、地面を蹴る。


 こうして、無謀な挑戦が始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る