薄紫色の呪い

*  エリカ  *



 私は本当の親を知らない。

 生まれた直後に捨てられたからだ。


 理由は、薄紫色の瞳。

 随分と後になって知ったことだが、間石と同じ色の瞳は魔物を彷彿とさせるらしい。私は何処へ行っても気味悪がられた。


 例外は一人だけだった。

 名前は知らない。私は師匠と呼んでいた。あるいは呼ばされていた。


 師匠は私を拾った物好きな老人である。

 彼は森を歩く途中で私を見つけたそうだ。


 エリカという名前は彼から与えられた。

 意味は、特に無いそうだ。呼びやすい音を適当に選んだと言っていた。


 彼は私にカタナを使った剣技を教えた。

 もはや彼しか残っていない一族に伝わる技だと言っていた。


 彼は私が十五の時に死んだ。

 一人になった私は、彼の遺言に従って迷宮都市へと赴いた。


 情報を元に受付へ行くと「顔を隠した方が良い」と言われた。


 冒険者には魔物に恨みを持つ者が多い。

 薄紫色の瞳を見られた場合、何をされるか分からないということだった。


 私は忠告に従って兜を被った。

 それだけでは不格好なので、重たい鎧を身に着けることにした。


 迷宮において全身を防具で固めた者は珍しくない。だから個人を識別する目的で、鎧に何か模様を刻む習わしがあるらしい。


 私はカタナを刻んだ。


 それは誓いの証。

 私が冒険者になった理由は、恩人の剣技を後世へ残すため偉業を為すため。それを必ず成し遂げるのだと決意して、文字通りの意味で胸に刻んだ。


 誓いを果たす方法はふたつある。


 ひとつは深層へ行くこと。

 人智を超えた冒険者の中でも、さらに一握りしか辿り着けない領域へ到達したならば、大陸中に名が広まる。弟子を募集すれば簡単に人が集まることだろう。


 もうひとつは子孫に託すこと。

 しかし私のような容姿では、弱い者を襲う以外の手段がない。それは、私の矜持が許すところではない。


 剣の腕には自信があった。

 生まれつき戦闘に有利な加護もあった。


 しかし迷宮では通用しなかった。

 上層に辿り着いたところで、この先は一人では無理だと理解させられた。


 私は仲間を求めることにした。

 その頃には少しばかり有名人だったから、最初のうちは勧誘の声が絶えなかった。


「顔も知らない者とは冒険できない」


 当然の要求だった。

 しかし私が薄紫色の瞳を見せると、誰もが顔を真っ青にして逃げ出した。


 噂は直ぐに広まった。

 やがて私に近寄る者は居なくなった。


 私は不満を声に出すことは無かったが、心の中には、ドロドロとした感情が育った。


 いつも誰かに向かって叫びたかった。

 瞳の色が違うだけで、中身は同じ人間ではないか。


 しかし、不満を吐き出したとしても何かが変わるわけではない。私も逆の立場ならば、同じことをするかもしれない。だから、その醜い感情は胸の内に秘めた。


(……親が私を捨てたのは、正しかったのかもしれないな)


 人の印象は外見で決まる。

 いくら中身を磨いても、門前払いされては意味が無い。


 もはや呪いだ。

 薄紫色の瞳を持って生まれた私は、一人で生きるしかない。


 しかし一年後、彼らと出会った。

 品性の感じられない顔をした三人だった。


 だが彼らは私の能力だけを見てくれた。

 そうでなくとも、初めての申し入れを断る理由など持ち合わせていなかった。


 彼らの実力は私より劣っている。

 しかし驚くほどに戦闘が楽になった。


 私はパーティの恩恵を知った。

 だけど、仲間という関係性については、何も分からなかった。


 いつも、一定の距離があった。

 あの三人は非常に仲が良くて、安全地帯で私が見張りをしている時などには、愉快な声が鳴り止まなかった。


 その場に私が呼ばれたことは無い。

 その輪の中に、私が入れたことは無い。


 常に大きな壁を感じていた。

 しかし期待もあった。私の価値を示し続ければ、いずれ何か変わるかもしれない。


 ──それが間違いだと知ったのは、上層の最奥部へ辿り着いた時だった。


「エリカ、テメェはもう必要ねぇ」


 中層へと繋がるルーム。

 ここには守護者と呼ばれる強力な魔物が現れる。これを打ち倒せば加護が得られる。


「あぁ、やっと薄気味悪い女と離れられるよぉ」


 守護者単体ならば大した脅威ではない。

 問題は次から次へとルームへ侵入してくる他の魔物達だ。


 私は、その全てを薙ぎ払った。

 ルームへ繋がる一本の道を守り抜いた。


「私もさぁ、そろそろ我慢の限界だったんだよねぇ」


 三人は守護者の討伐に成功した。

 そして、きちんと迷宮の加護を得た。

 

 私には与えられなかった。


 確かな理由は分からない。

 だけど、私なりの答えは出ている。


「ナクサリスぅ? こいつどうするよぉ?」


「処分してぇけど、未だ加護が馴染んでねぇ」


 私と彼らはパーティなどではなかった。

 部外者である私は、上層を突破したと迷宮に認められなかったようだ。


「でもナクサリス? 私、あいつの持ってる武器は使えると思うんだよねぇ」


「何度も言わせんな。加護が馴染んでねぇ。やるにしても、後だ」


 彼らは、私を仲間と思ったことなどない。

 その事実を知らしめるかのように、三人は全く悪びれることのない態度で話をした。


「じゃあなエリカ。俺らは中層に寄ってから帰るわ。テメェは魔物おともだちと遊んでろ。運が良ければ、また会えるかもな。あっはははは!」


 彼らの中で、私は魔物と同じだったのだ。

 欲しいのは能力だけ。上層を突破し、加護を得るために利用したかっただけ。


「……なぜだ」


 私の声は届かない。

 聞こえるのは、満足そうな笑い声と、魔物が出す殺気に満ちた音だけだった。


「瞳の色が、違うだけではないか……っ!」


 私は叫んだ。

 そして激情を胸に、真っ白な鎧を真っ赤にしながら上層を脱出した。


 冒険者協会には、四人で上層を突破したと伝えられた。


 私が言ったわけではない。

 伝えたのは、あの三人だ。


 共に死線を潜り抜けたものの、上層守護者の脅威を目の当たりにしたエリカは恐怖によって心が折れた。このため、残念ながら、パーティを脱退することになった。


 殺してやりたい。

 生まれて初めて、そう思った。


 彼らは私の目的を知っていた。

 しかし、あのような話が伝われば、弟子に志願する者など現れないだろう。


 

「──教えてやるよぉ! 真実をよぉ!」



 ナクサリスとの戦闘中、アクゥモの声が響いた。


「やめろ!」


 アクゥモはきっと噓を口にする。

 そんなもの、いくらでも訂正すれば良い。


 だけど彼には──私の目を見て美しいと言ってくれた彼にだけは聞かせたくない。ほんの少しでも疑われることを考えたら、胸を引き裂かれるような気持ちになる。


「おぃおぃ、余所見かよ。余裕じゃねぇか。おぉ?」


「しまっ──」


 紙一重で避け続けていた拳が直撃した。

 その大きな拳は鎧を砕き、内側の肉を抉った。


 壁に激突した。

 しばらく息を吸うことができなかった。

 やがて肺に残った空気を吐き出した時、そこには血が混じっていた。


「……やめ、てくれ」


 掠れる声で懇願する。

 それを嘲笑うかのように、アクゥモは叫んだ。


 ──どうしてだ。


 心の奥底にある感情が肥大化する。


 ──どうして、いつも。


 クドと出会った時、復讐を提案した。

 それは彼を思って言ったことではない。


 例えるならば、挨拶だ。

 知人の顔を見たら挨拶をするのと同じように──いつも考えていた言葉が、うっかり口から出てしまった。


 その感情が今、爆発した。


『──ァハ』


 瞬間、迷宮が反応した。

 まるで憎悪という餌を見つけたかのように、それが現れた。

 

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