2-7. 目

 迷宮を出た後、私は魔石の換金と情報収集を目的として冒険者協会へ向かった。


 昨日と違って明るい道を歩き、ドアの無い大きな建物に入る。それから多くの冒険者で賑わう場所を歩き、魔石換金所と共通語で記された場所へ向かった。


 列は無い。人の姿も無い。

 あるのは、子供の背丈ほどの台だけ。


 私は台に近づき、上部にある薄紫色の穴に魔石を投げ入れた。それから穴の右側にある鈍色の箱にカードを当てる。以上、これだけで魔石の換金が完了となる。


 所持金はカードを見ることで、いつでも確認できる。

 換金後の額は8762マリ。僅かだが予測よりも多い。これならば、一着くらいはレイアに服を買い与える余裕がありそうだ。


 次は受付へ向かう。

 私は適当な職員に声を掛け、フィーネを呼ぶように依頼した。


「7番でお待ちください」


 指示を受け、指定された番号の札がある席へ移動する。

 

 席には、ひとつの椅子と、詰めれば五人は座れる長椅子に挟まれた長机がある。

 世話人は椅子に座り、冒険者達は長椅子に座るのがルールだと先日教わった。


 私は長椅子の中央よりも少し右側に座り、軽く息を吐いた。

 当然だが迷宮に出てから立ちっぱなしである。想像したよりも疲労が蓄積していたようで、脚部に程よい脱力感があった。


「レイア、座らないのか?」


 ふと顔を上げ、なぜか長椅子の後ろに立っていた仲間に声をかける。

 彼女は不思議そうな顔をしてから返事をした。


「普通、奴隷は立っているものよ」


「無駄な体力を使うことは無い。どうか座ってくれ」


 レイアは何か言いたげな顔をしたが、しかし何も言わず長椅子の左端に座った。


「……」


 随分と距離があるな。

 その言葉を飲み込んで、世話役のフィーネを待つ。


「……」


 一分が経った。フィーネはまだ現れない。

 周囲には他の席もあり、世話役と冒険者の姿がある。会話を盗み聞きするつもりは無いが、楽し気な笑い声や、苛立ったような声が次々と耳に入る。そうしていると、会話の無い自分の周囲だけ、どこか別の空間に隔離されたような気分になった。


「……」


 私はレイアを見た。

 偶然、目が合った。


「……何よ」


「レイアこそ。何か用事だったか?」


「べつに。指示を聞き逃さないようにあんたを見ていただけよ」


「……そうか」


 居心地が悪い。生憎、このような間を取り持つための会話など行ったことが無い。普通、こういう時には何を話すのだろうか。


 ……耐えるしかあるまい。


 私は背筋を伸ばし、思考を止めてフィーネを待つことにした。

 その瞬間、聞き覚えのある声が耳に届いた。


「お待たせ~!」


 フィーネだ。

 私の背後から走って現れた彼女は、息を整えながら椅子に座った。


「いやぁ、ごめんねクドくん。別の冒険者に捕まっちゃっ……」


 フィーネは途中で言葉を止めた。

 その視線は、レイアにくぎ付けである。


「彼女はレイア。共に迷宮へ挑む仲間です」


「…………へぇ」


 フィーネは私とレイアを交互に見た後、どこか引き攣った笑顔でそう言った。


「いくつか聞きたいことがあります」


「……あ、うん、ごめんね」


 フィーネはパチンと頬を叩いて、昨日と同じ晴れやかな笑顔を見せた。


「さあ! なんでも聞いて!」


 その後、私はフィーネに色々な質問をした。

 内容は主に、衣食住に関すること。それから迷宮のこと。


 長い話になった。

 その間、レイアは長椅子の隅に座り、息を殺すようにして口を閉じていた。



 *  *  *



 フィーネとの話を終えた後、私は服屋へ向かった。

 レイアは相変わらず口を閉じている。どこか不機嫌そうに見えるのは、長く待たせてしまったせいだろうか?


「……」


 声をかけようとして、またしても口を閉じた。

 何を言えば良いのか分からない。どうやら私は、かなり会話が下手だったようだ。


 結局、一言も話さないまま服屋に到着した。

 店に入ると、大柄な男性が元気な挨拶をした。


「彼女に服を買いたい」


「はい! 女性用の服……」


 彼は笑顔のままレイアに顔を向けて、そして固まった。


「店主殿?」


「……おおっと、失礼しました。ご予算はいくらでしょうか?」


「3000マリ以内で頼む」


「それならば、この辺りから一着ですね。どうぞ、ご自由にお選びください」


「分かった。決めたら呼ぶ」


「はい! お待ちしております」


 会話の後、彼は別の客の元へ向かった。

 私は彼の態度に少し違和感を覚えながらも、レイアに声をかける。


「服の好みはあるか?」


「……なんでもいいわよ」


「……」


 何か気に障ったのか?

 私はまた、言葉を飲み込んだ。


「この服など、レイアに似合うのではないか?」


「……なんでも良いって言ったわよ」


「そ、そうか」


 長椅子に座らせたあたりから、ずっと不機嫌だ。あの行為は、それほどまでに失礼だったのだろうか?


 分からない。

 ただ、とにかく居心地が悪かった。


 これまで私は、常に他人から目を逸らして生きていた。

 フィーネや服屋の店主と会話した時もそうだ。私は、相手の口元か首のあたりしか見ていなかった。


 私は常に悪意を受けて育った。

 その悪意から逃げるために、目を逸らす癖が身に付いた。


 人の感情は目に現れる。

 他人の心と向き合うためには、目を合わせる必要がある。

 

 だから、なのだろう。


 私は不機嫌になった彼女と向き合うことが怖い。

 そんな風に思う自分が情けなく思えて、たまらなかった。



 そして結局、レイアとまともに会話できないまま夜を迎えることになった。


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