レイアの戸惑い

*  レイア  *



 自分の容姿が悪いことを自覚したのは、何歳の時だっただろうか。


 劇的な変化は無かった。

 ちょっとずつ、周りが冷たくなった。


 気が付けば、いつも一人だった。

 だから役に立つ人間になろうと思った。


 便利な道具みたいな扱いでも構わない。

 誰かに頼られながら、皆で生きたかった。


 一人が嫌だった。

 ほんの一欠片の愛情が欲しかった。


 他には何も求めなかった。

 だけど、手に入らなかった。


 容姿が悪いから。

 誰もが私を見て嫌な顔をする。

 まともに目を合わせてさえくれない。


 だから奴隷になった。

 金を使うことでしか女に相手をされないような人でも構わない。私以上に醜い容姿でも構わない。ただただ利用されるだけでも構わない。私、は狂おしい程に一人が嫌だった。



 ──今朝、彼と出会った。



 絵に描いたような美男子。

 これまでの人生、容姿で悩んだことなんて一度も無いのだろうと思えるような人。


 名前はクド。

 私を10万マリで買った人。

 私の目を、真っ直ぐに見てくれた人。


 とても、不思議な人。


 彼がシャワーを浴びている間、タオルを巻いた私はベッドに座って待っていた。


 ドキドキしている。

 あんなにも素敵な人が、本当に私を求めてくれるのだろうか。私は長い夢でも見ているのではないだろうか。


 だって、ありえない。

 彼の態度は奴隷に対する態度じゃない。


 隷属魔法を使う際の要求もおかしかった。

 迷宮で戦うこと。復讐を手伝うこと。後者は少し気になるけど、こんなの無条件と大して変わらない。


 普通は「命令に従うこと」とか「主人に損害を与えないこと」みたいな細々とした要求が告げられる。


 奴隷は要求内容を精査して、少しでも自由を手に入れられるように交渉するものだ。


 私の場合、すべての要求を受け入れる覚悟があった。私のような醜い者が愛されるためには、自分の全部を差し出す必要があるのだと思っていた。


 その覚悟は良い意味で裏切られた。

 彼は、ほとんど何も求めなかった。


「……なんで、私を買ったの?」


 たったの10万マリ。

 これだけ価値が低いのだから、使い捨てにする予定なのだろうか。


 迷宮での出来事を思い出す。

 私は小指よりも小さな魔石を拾って、彼に値段を聞いた。


 100マリ。

 私の価値は、あんなちっぽけな石、千個分しかない。それを知って背筋が震えた。


 怖い。怖い。怖い。

 彼はどうして私を買ったのだろう。本当は何をさせるつもりなのだろう。


 せめて感情を見せて欲しい。

 だから私は、奴隷としては最悪の態度で接している。


 鞭で打たれても構わない。

 もっと私を支配して欲しい。


 いつか捨てられるかもしれないという恐怖を、消して欲しい。


「……ぁ」


 シャワーの音が消えた。

 しばらくして、浴室のドアが開いた。


「ふん、長かったわね」


 私はそっぽを向いて言った。

 これも奴隷としては有り得ない発言だ。


 チラと彼の様子を伺う。

 そして、私は目を見開いた。


「……な、な、な」


 彼は裸だった。

 タオルすら巻いていない。


「……ちょっと、本気なの?」


 覚悟はしていた。

 でも、いきなりすぎる。


「待って、もう少し、待って……っ!」


 彼が近寄ってくる。

 その目は──私を見ていなかった。


「……あ」


 彼はベッドに頭から倒れて、そのまま動かなくなった。


「……あ、あはは。だよね」


 小さな安堵と、大きな脱力感。

 よくよく考えれば、彼は疲労困憊な様子を見せていた。


「……次が、あるよね」


 私は呼吸を整えて、彼を見る。

 

「……びしょびしょ」


 身体を拭く余裕も無かったのだろうか?

 

「……まぁ、これも奴隷の仕事よね」


 私は新しいタオルを取って、彼の背中を拭いた。


 初めて触る男性の身体。

 自分とは違う。大きさも色も、何もかも。


「……前も、拭くべきよね」


 誰かに言い訳をするつもりで彼の肩に触れて、それから……仰向けにした。


「……っ」


 目が釘付けになる。

 

「ダメダメッ、身体を拭くだけ」


 私は被りを振って、その部分以外に付着した水滴を拭き取った。


 それから彼の脚を持ち上げて、きちんとした姿勢でベッドに寝かせる。


「……これだけやっても起きないのね」


 私はグッスリとした寝顔を見て呟いた。


「……」


 私の目は、彼の唇に吸い寄せられていた。


「……もうっ、またっ」


 自分の頬を叩いて、床の上で横になる。

 そのまま目を閉じたけれど、胸がドキドキして眠れない。


 頭に浮かぶのは、期待と不安。


 彼の目的は分からない。

 だけどチャンスであることは確かだ。


「……私は、お役に立ちますよ」


 床から彼を見上げて、懇願する。


「だからどうか、私を捨てないで」

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