第3話 プランテッド領の人々

 そんな、難民達にとっては千載一遇の、そして領民やニコールにとっては当たり前の出会いからしばらくして。


「ふん、カンナ掛けは良くなってきたじゃねぇか。よし、こいつはあっちに持っていきな!」

「はい親方!」


 野太い声に、しかし返ってくる返事は弾むかのよう。

 いや、木材を抱えた足取りすら軽く、「周りをよく見やがれバカヤロー!」と思わず声を張り上げてしまう。

 「すんません、親方!」と言いながら振り返ったついでに、木材を振り回してしまって周囲の人間を張り倒してしまう……なんていうコントのお約束のようなことは起こらない。

 初日に何よりも大事なこととして教えた周囲への注意は、どうやらしっかりと身についているようだ。


「ったく、まあ飲み込みは悪くねぇやな。若いってのはいいねぇ」


 先程まで厳しく木材を確認して、時に厳しい声でどやしつけていたのはどこへやら。

 意気揚々と木材を運ぶ若者の背中を見ながら、ダイクンはどっかと椅子に腰を下ろした。


 年の頃は五十に手が届く頃、伸び放題の髭にも黒い髪にもちらほらと白いものが混じっているというのに、その肉体はまだまだ現役と言わんばかりに筋骨隆々たるもの。

 ドワーフを上に伸ばした、などと揶揄われることもあるが、それを気にした風もなく、むしろ誇りにすら思っていた。

 低い身長と頑強な肉体、ゴツい手先はどんな種族よりも器用で、職人としては最高峰とすら言われるドワーフを例えとして出されるのだ、職人としてこれ以上の栄誉はないだろう。

 実際、彼が建てる家は何十年も揺るがず、ドワーフにも負けていないとの自負がある。


 そんな誇りを胸に、疲れは腰に宿しながら。

 椅子に座ったダイクンは、現場を見渡していた。


「おいおい、やる気があるのはいいんだけどよ、そいつを持ってくるのはまだちょっとはえーよ!」

「あっ、まじか、すまねぇ!」

「いんや、先のことを考えるのは悪くねぇよ、ただ、確認はしろよな!」

「おうさ、気をつける!」


 大きな声で言い合うのは聞こえるが、それでいて雰囲気は悪くない。

 今指摘をしている壮年の男、難民達のリーダーだったカシムが現場を纏めるようになってから、その傾向は明らかに強くなっていた。


「やれやれ、やっぱりうちのお嬢様は引きが良い。大した拾いもんだぜ」

「あら、わたくしがどうかしました?」


 ぽつりと呟いた声に、思わぬ声が返ってきて、びくっとダイクンは小さく飛び上がってしまった。

 慌てて後ろを振り返れば、ニコニコとした笑顔のニコールと、その後ろに控えるメイドのベル。

 聞かれたくなかった事を聞かれてしまった気まずさに、頭をボリボリと掻きながらダイクンは椅子から腰を上げ、頭を下げた。


「これはこれはお嬢様、こんなところにいらっしゃるとは」

「ごめんなさいね、親方。ちょっと気になって、見に来てしまいました」


 軽く手を振って、頭を下げなくていいと示しながらニコールが言えば、躊躇うこともなくあっさりとダイクンは頭を上げる。


「いえいえ、お嬢様のご視察は歓迎ですよ、野郎共に気合いが入りますからねぇ。

 で、気になるってのは、こないだ入った若い衆のことで?」

「流石親方ね、お察しの通りです。でも、心配することはなかったみたいですわね」


 目を細めながらニコールが視線を向けた先では、カシムを始め先日この領都にやってきた難民男性達が明るい顔で働いていた。

 それぞれにやる気に満ちていて、疲れなど微塵も見せずに働く姿は、いっそ頼もしい程。

 中でもやはり目立つのは、すっかり現場の中心になっているカシムだろう。


「ですな。いや、ご心配になるお気持ちはわかりますが。

 だがまあ、流石遠く離れたここまでやってきただけあって、随分とタフな連中ですよ」

「まあまあ、親方にタフと言ってもらえるだなんて、ほんとに彼らは大したものなのですねぇ」


 本人達が聞いていないからこそ率直に、彼らを認めていると告げるダイクン。

 その言葉にニコールは我が事のように喜び、コロコロと鈴を鳴らしたような笑い声を零す。

 長い人生の中で様々な、時にろくでもない人間も見てきたダイクンの目からしても、それは心からの言葉に見えた。


「お陰様で、ワシもそろそろ楽隠居が出来そうかなと安堵しておりますが」

「あら、それはダメですよ。申し訳ないけれど、親方にはまだまだ働いていただかないと。

 彼らももちろん頼りになるのだけれど、やっぱり一番頼りになるのは親方ですのよ?」

「わっはっは、お嬢様にそう言われちゃぁ、仕方ない。おちおち老け込んでもいられませんなぁ」


 甘えられるように、あるいはおねだりするように言われ、ダイクンは呵々大笑の見本であるかのように快活に笑う。

 孫のような歳のニコールに、こんな可愛いことを言われて無碍にできない程度には、ダイクンもまた絆されていた。


 そんな会話をしながら、作業風景を眺めることしばし。

 不意に、ニコールが小さく、真面目な口調で問いかけた。


「ねえ親方。親方は確か、土木方面もいけましたわよね?」

「ええまあ、本業じゃないですが、そこらの連中に負けない程度には」


 珍しく探るような問いかけに、ダイクンはあっさりと、かつ、きっぱりと答える。


「では親方。カシム達に、土木技術の手ほどきをしていただくことは出来ませんか?」

「そりゃもちろん出来ますがね。

 あいつらなら、実地で教えりゃそのうち身につくでしょうし、細々した仕事はないでなし」


 半ば予想していた問いかけに、即答に近い勢いでダイクンは答えた。

 家屋の建築よりも土木工事にはより計算が必要であり、カシムにはもしかしたらそちらの方が向いている可能性は十分ある。

 そして、仕事をしながら教えるのであれば、ダイクンに損はない。


「しかしまた、どういった風の吹き回しで?」

「ん~……何となくなのですけど、彼らに出来ることを増やしておくのもありかな、と思いまして」

「なるほど? まあ確かに、できる事が増えるのに越したことはないですがねぇ。

 やれやれ、カシムにそっちにいかれたら、わしの楽隠居が遠のくじゃないですか」

「申し訳ないですけれど、そこを何とか一つ! お願いしますわっ!」


 からかい半分本気半分でごねて見せれば、言葉通り本当に申し訳なさそうな顔でニコールが手を合わせ、拝むようにお願いをしてきた。

 言うまでもなく、ニコールにこんなことをされてしまえば、断ることなどできはしない。


「ようございます、あいつらを土木でも使い物になるように、しっかりと鍛えさせていただきやしょう」

「ありがとう、親方! よかったわ、親方にお願い出来たら、間違いはないもの!」


 ダイクンが快諾すれば、ニコールはぱっと破顔する。相変わらず、我が事のように。


「やれやれ、本当に老け込んでいられませんなぁ!」


 楽しげにいいながら、ダイクンはこの初夏の青空のようにカラリと笑った。

 と、その笑い声が聞こえたのか、何人かの男達が振り返る。


「お、お嬢様がいらしてる!」

「ほんとだ、お嬢様~!」


 ダイクンが言っていたように、汗水流していた男たちがニコールを見つけると急に元気が出たかのような明るい顔になり、なんなら手を振って見せたりする。

 普通の貴族相手にこんなことをすれば無礼にも程があるが、もちろんニコールは咎めない。

 それどころか、手を振り返して。


「皆さん、今日もご苦労様!」


 弾けるように笑いながら、彼らを労うのだった。

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