第11話 悪い境界線人と長崎

9:20定刻通り長崎空港へ到着。人工的に感じられ浮かぶ小さな空港だ。上空からの景色。福岡マリンタワーを飛び越え唐津、西海、玄海の海。魚が美味しいそうな海の色だ。もうすぐ大村。僕の地元だ。もう誰もいない実家。帰ったのは葬儀以来。長崎支店にいた時でさえ僕は帰省はしなかった。いろんな意味で僕はこの人間界に縁が薄いようだ。僕のほんとうの名は京。いつ発動するのか。教えてくれる“母”もこの世には、いない。今更だか、せめて祖父には聞いておけばよかったと思う。父は婿養子だ。秘密を知っているとすればたぶん、母方だ。長崎から急に大村へ引越した本当の理由。そう言えば小さい頃から僕は祖父が怖かった。父よりも。厳格で近寄りがたい。言葉で伝えるのはとても難しく、あえて例えるなら鎧、武士いや違う。鎧に剣。聖騎士のような威圧感があった。ただそれは、人間界のものではなく、もっと違う時空世界の聖騎士のような。人間でも境界線人でもない僕でも、立ち向かうのにかなりのエネルギーを消費しそうな力を感じていた。そう言えば、僕は祖父に逆らったことがなかった。空港ゲートを出て大村の土地を踏んだ。大きな風が吹いた。そして何かが、僕の体を駆け抜けていった。「ねえ、ナダ君、長崎にはこのバスで大丈夫?」ユイが荷物を片手に高速バス乗り場を探してくれたようだ。見るからにうれし気な観光客にしか見えない。あえて言いたくはないが、きっとカップルに見られているのだろう。僕としては非常に良くないが。正直、単なる会社の同僚に過ぎない。僕は誰に言い訳をしているのだろう。多分君に”菜”。見えない君に僕は言い訳をしている。「ナダ君、バス来たよ。乗るよ。」9:50発、長崎駅前行。ほんのわずかな時間だったが大村の空気を僕はすった。ユイには僕が大村、長崎出身の件は黙っておこう。何かとややこしくなりそうだ。ここが僕のフィールドと分かれば、悪い境界線人は逃げてしまう。まだ、僕の正体にも気づいていないはずだ。時間空間の多い長崎市内の方が消滅させるチャンスは多い。「発車します。」約50分。少し長いバス旅だ。羽田からだとやはり長崎は遠い。バスでユイは当然のごとく僕の隣に座った。実際、連休中のバス。混んでいて、一つ飛ばしで座れない。ユイは窓側に座り、少しおしゃべりをしていたが、そのうち朝早かったせいか寝てしまった。”悪い境界線人、人間に紛れている。見分け方は一つ。彼らには”匂いがない”悪い境界線人ではないが”みすず”も匂いが無い。本人たちはそれに気づいていないのかも知れないが、みすずに関しては、化粧の濃さの化粧の匂いで人間ぽく、自然にカモフラージュしている。このユイに関しては、化粧はナチュラルで化粧の匂いはしないが、あえてトワレの匂いがきつい。フランス産なのかとても鼻につく香りだ。僕はあまり好きではないシナモンオレンジの香りだ。横に座っているとくらくらきそうだ。彼らが人間になるのも苦労があるようだ。そして僕はユイの頭越しの車窓から町並みを見ていた。何も変わらず。どこにでもあるような田舎町の風景が続く。海、漁港と田畑が存在する田舎町。”なつかしい”という気持ちは僕にはやはりない。会いたい友達もいない。家族もいない。何もない。ぼくを引き止めるものは、もうこの町には、ないのだろう。ぼくは背もたれに持たれた。大村の町が遠のいていく。僕の体の中で何かが動き始めた。”君は誰”僕は僕の脳内で体の中に入り込んだ何者かに話しかけた。『僕は君だよ。ワタル君。』もう一人の僕?君は?まあ、いい。僕は僕だ。バスはあっという間の長崎市内へ入ってきた。






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