第7話 境界線人
僕は、東西線に乗り換えず歩くことにした。酔い覚ましと、みすずの言ったこと、少し頭の中を整理したかった。それに明日は休みだ。携帯は21時05分。時間は問題ない。交差点、車道の車と雑音が耳につく。僕は右に曲がり住宅街、通り抜け神田川。静けさが僕の心と脳内を整えてゆく。僕の足音を僕の耳が拾う。すれ違う人は少ない。桜は、桜は、もう葉桜だ。時空の揺らぎ。今年の春の揺らぎが終わりそうだ。まだ間に合うだろうか。僕は、この時期が幼いころは怖かった。しかし反面待ち遠しくもあった。表現するのが難しいが感覚は”ドアが閉じる瞬間”と同じだ。幼いころ僕は、その瞬間の数センチのドアの隙間から別の空間へ移動していた記憶がある。その空間はとても白くて。とても広くて。雲が下に出たり斜めに飛んだり。心地の良い空間だった気がする。記憶だけがおぼろげに思い出される。いつ頃からかは忘れたが、行けなくなった。ドアが見つからない。しかし、いつもこの時期になると”何か”を忘れているようで。”何か”に、せかされているような気がしていた。”乗り遅れる。”まさにこの感覚だ。とても曖昧だか、この時期はそう感じる。あの数センチの隙間の世界。今年は、なぜかあの白い世界へまた、いけそうな気がする。なんとなくだが確信がある。境界線人のみすず、なずなに会ったせいか、今年は。きっと。今歩いているのも、酔い覚ましではなく、きっと本能的に僕は入り口を探しているのだと思う。そういえば、何度か神楽坂ですれ違った男子が嬉しそうに”見つけた”と僕にすれ違いざまに言った言葉が耳に残る。それ以降、彼とすれ違うことはなくなった。入り口は神楽坂なのか。しかし、あそこは境界線への入り口しか。僕の探している入り口とは違う。僕の脳内が答える。この世界には多種。多様。多線。多空間が存在する。すれ違う人々の中にも人間以外の生き物もいる。見た目は同じなのに。時には本人さえも気づかないくらい人間として生きている”別もの”がいる。普通に異なる生命体が存在する。同じ人間同士であってもそうだ。個々人は全く別の生き物だ。人間は時々愚かな見落としをしてしまう。”いっしょじゃない。” ”同じじゃない”ことを。まあ、僕は、はじめから人間ではないから別に人間にあえて助言はしないが。脳内の僕が勝手に話出している。そして僕の足が止まる。携帯21:28。まだ30分も歩いていない。足が止まる。目の前にまだ花が残っている桜が。僕は目で追う。急に大きな風が吹く。花びらは神田川へ。真っ暗な川面の漆黒の黒に淡いピンクの花びらが落ちてゆく。また大きな風が吹く。薄いピンクの花びらが舞い出す。風は不自然に僕の方へと花びらを吹きかけてきた。おぼろの空間。数センチの隙間。”僕へのドアが開いた。”僕は隙間に手をかけ、のぞいた。真っ白の世界。黄色の菜の花が一面に永遠に続く一直線。とてもきれいだ。”美しい”僕は思わず声を出した。左足その陣地に踏み入れようとした瞬間。後ろから声が「ナダ君」長い髪の『ユイ』が佐々木ユイが僕を呼び止めた。「ナダ君、こんなところで何してるの?酔い覚まし?」さっきまでアキバで一緒に飲んでた佐々木ユイだ。僕の脳内が素早く対応する。”ばれていない。”「佐々木さんこそ、なんで?」「なんでって私、総武線よ。同じ電車だったみたいね。いつもは水道橋で降りるんだけど、今日ドーム、コンサートで出口混雑してるから飯田橋でおりて帰ろうと思って。家、春日だし。それにコンビニよりたかったし。」「へえーそうなんだ。佐々木さん、春日。僕と近いね。」「そう。ナダ君、ユイでいいよ。ナダ君、みすずのこと、みすずって呼び捨てしてたでしょう。いっしょでいいよ。」「そう、じゃ、そうする。」「ナダ君、って案外男子ぽいのね。」「そう。じゃ、僕こっちだから。」「じゃ。」佐々木ユイはあっさり、僕から離れた。僕は歩き出し、僕の脳内が”危険”僕に伝える。わかっているさ。見られたかは別として、彼女は悪い方の境界線人。僕の脳が確信する。誰かが、何かが邪魔をしている。緩い風が吹いた。”菜”君をまだつかめない。
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