~第一章~

第一章 第一話:初めてのお客様


私は自身が商売を行うお店の名前を「 day dream 」と名付けた。直訳すれば「昼の夢」である。名前の由来は店舗に置かれている、その人の過去を見る事のできる「ガシャポン」型の装置を使う際に、お客様には眠ってもらうことになるのでそう名付けた。……安易だっただろうか。


また、お店の立地は東京都内ではなく、都内から遠く離れたへんぴな立地を選んでいる。それは、このお店が完全予約制となっているためだ。飛び込みのお客様はお断りさせてもらう。完全予約制にした理由は簡単で装置が一人ずつしか使えないからである。


予約はネット予約のみとなっていて、お店のホームページからお客様に好きな日と好きな時間帯を選んでもらい、自身の名前を打ち込んで予約ボタンを押すだけで完了する。お店は年中無休で24時間営業だ。というのも、私は今日からここに移り住むからだ。都内とここを毎回往復するのは骨が折れるので、先日まで暮らしていた高層マンションは退去してきた。




私はこれから住むことにも商売をすることにもなる「 day dream 」の外観を見る。2F建てのどこにでもあるような家だ。しかし周りに民家などはなく森しかない。その光景は物語に出てくる森に隠れ住む魔女の家のようだった。こちらの地方では珍しい三角屋根というのも、その想像をさせた要因の一つだろう。


ドアを開け家の中に入る。


私が家の中に入って初めに目にしたのは、白色で統一されたシンプルな内装だった。長い間使われていなかったのか、家の中の空気はよどんでいる。私は換気をするために1Fの窓を開けてまわることにした。


窓を開けながら1Fの間取りを確認していると、目に留まったものがあった。それは一般家庭に取り付けられていることの少ない、本格的な調理をすることができそうなオーブンだった。どうやらここは元々隠れ家カフェ的なものを営んでいた過去を持っているのだろう。


私は1Fの窓をあらかた開け終わり、1Fを見渡した。


外からドアをくぐり抜けると、縦長な長方形の10畳ほどのリビングのような間取りの部屋に入ることになる。私はここで商売を行うつもりでいた。そのため部屋の中央にはこの場所には不釣り合いな「ガシャポン」と一つだけベットが置かれている。


しかし、お店に来たお客様にいきなりベットに横になってください、というのは失礼だと考えて、この部屋の片隅には客の応対をするために足の短いテーブルと、そのテーブルを挟んでソファーを1台ずつ配置している。


この家でお店として使う部分はここだけで、あとの余った部屋、特に2Fは私の生活スペースとして使うことを決めていた。


こんな胡散臭い商売に客が寄ってくるだろうか?という不安はあった。しかし存外世の中には自身の過去を忘れてしまっている人が多いようで、開店日の今日から早速お客様が来店予定だ。


私は自身の目で見るまでお客様の年齢も下手をすれば性別すらわからない。来店するまでは、予約に書かれた名前のみしか知ることはできないのだ。今日のお客様の来店予定時刻は14:00以降となっている。


自身の腕に括りつけた安っぽいデジタル腕時計で現在の時刻を確認するとデジタル表記で、12:30と映し出されていた。予定時刻まで暇だった私は、1Fのお店部分の掃除を行い時間を潰すことにした。



予定時刻となったのか、開け放たれた窓越しに停車音が聞こえてきた。


もうそんな時間だったのか、お客様のお出迎えをしなければならない。私は慌てて掃除用具をしまうと、お客様が入ってくるのを待った。ほどなくして、ドアが開く。



本日来店した方の姿が見える。杖を片手につきながらこちらに向かってくるのは、どうやら高齢の着物を着た女性のようだ。高齢に見えたのは髪の毛が総じて白髪だったからだ。


彼女は自身の白い毛を少しでも見栄え良くするようにひとまとめにお団子にして頭のてっぺんでカンザシで留めていた。これは私の第一感だが、田舎でよく見るお婆ちゃんのようだと思った。


私は、このお店の初めてのお客様であるお婆ちゃんへ向かって歓迎の気持ちを言葉で表した。


「いらっしゃいませ。ようこそ day dream へ」


「あら……ここがお店なのね。あまりにも見つからないから、お店の場所を聞こうとして入ってきたのよ」


「そうだったんですか。それは申し訳ありませんでした」


「いいえ、こっちがよく調べずに来たんだから、気にしないでちょうだい」


「では改めまして、私はこういうものです。よろしくお願いします」


私は本日のお客様であるお婆ちゃんに名刺を差し出しお辞儀した。


「あらあらー、ご丁寧にどうもー。こちらは名刺とかはないのだけど……。今日予約を入れた奥村文子(おくむら ふみこ)と申します。今日はよろしくお願いしますね」


おっとりとした話口調と頭の白髪お団子頭が印象に残るこのお婆ちゃんの名前は、予約名通り奥村文子さんで間違いないようだ。私はそのことが確認できると、文子さんをソファーに座るように促した。


「立ったままでは疲れるでしょう。どうぞあちらのソファーへ、お茶でも出しますので」


「あらー、ご丁寧にありがとう」


文子さんはそう言うと杖をつきながらソファーまで歩いて行きソファーへ腰かけた。私はお茶の用意をし終わると、それを運び湯呑を文子さんの前に置く。そして、文子さんの対面のソファーに腰を下ろした。


「あら……、結構いいお茶の葉を使ってるのね。おいしいわ」


「恐縮です。ところで奥村様、今日はどのようなことをお望みでここに来られたのでしょうか」


私は、ここに来た目的を尋ねた。すると、文子さんは少し考え込むようなそぶりを見せた後、口を開いた。


「実は最近、昔のことを忘れているような気がしているの。それもとても大切な何かを……」


「なるほど、それで思い出したいということですね」


「そうなの。何か昔を思い出すきっかけが欲しくてここへ来たのよ」


「わかりました。それなら私が奥村様の記憶を取り戻す手伝いをさせていただきます」


「助かるわ、ありがとう。それでどうすればいいのかしら」


私は自身の作成した装置の使い方を、原理を省いて文子さんに説明した。

文子さんは私の説明で理解できなかったのか首を少し傾げると口を開く。


「つまり、寝ているだけでいいってことかしら?」


「はい、その通りです。作業を始めて見なければ、はっきりとわかりませんが、2時間から3時間ほどで終わりますので」


「あら、じゃあ早速寝てもいいかしら? なんだかさっきから眠くって」


私が先ほど文子さんに差し出したお茶には、睡眠を促す漢方のせんじ薬が混ぜられていた。先に断っておくが、決して人体に悪影響の出るものではない。文子さんはつえを支えに立ち上がると「ガシャポン」横のベットまで行き、横になるとすぐに寝息が聞こえ始めた。


私はすぐさま文子さんの記憶を映像化する準備を進める。


まず最初に寝ている文子さんの頭に、「ガシャポン」から出ている吸盤を各所に張り付けていく。それが終わったら装置の上に唯一付いている ON/OFF スイッチを一度押した。


これにより吸盤の先から文子さんの脳へ微弱な電気が流れ始める。


私はそこまでの作業を終えると自身の手や足にも同じく吸盤を張り付ける。これにより私はこれから追体験するであろう文子さんの記憶の中を自由に動き回れるのだ。


そして最後に、バイクのフルフェイスのようなヘルメットを被った。これは前面のガラスのような部分が、モニターの役割をしており、これから流れてくるであろう記憶がここに映像として表示される。


ヘルメットの右側は映像出力の ON/OFF ボタンのみが取り付けられており、左側は出力されてきた映像の処理を主にしたボタンがいくつか取り付けつけられている。



ちなみにこの「ガシャポン」には、まだ改良の余地が残っている。

それは、その人の記憶した順番に映像が出力されてしまうということだ。

つまり現在高齢の文子さんから、幼い頃の文子さんへとその記憶は逆再生されていく。

それは今後の課題として後で考えよう。



私は初めて他人の過去を垣間見れるという体験に胸を躍らせながら、ヘルメット右側のボタンを一度押した。




――――文子さんの記憶の映像が流れ始める。

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