筋肉でもなんでも

hibari19

第1話

「紗奈ちゃん、おはよっ」

 車を降りたら、すぐに声をかけられた。

「おはよう、久しぶりだねぇ」

 久しぶりに参加するヨガ教室には、ラン友でもある咲ちゃんも通っている。

「紗奈ちゃん、しばらくお休みしてたもんね。そうだ、ブログ見たよ! 百キロ完走おめでとう」

「ありがと、ようやく達成したよ。今日はセンセイにも報告しようと思ってね。センセイも元気かな?」

「元気だよ、相変わらず可愛いし」

「だろうねぇ、咲ちゃんの推しのセンセイだもんね」

 こんなに咲ちゃんが元気なのは、今日が悠里センセイのレッスンの日だからだと思う。


 私はこの、咲ちゃんと悠里センセイの関係を密かに見守り、応援しているのだ。


 レッスンが始まると、ほら。

 咲ちゃんの目がハートマークになってる、可愛い。

 センセイの方は、参加している人全員と気さくに話をしているけど、咲ちゃんの好意には気付いてるっぽい。咲ちゃんを見る目は熱を帯びている、ように見えるのは、私の希望的観測だろうか。


 一通り、いつもの準備運動が終わるとセンセイがみんなに聞く。

「今日の体調はいかがですか、どこか調子悪いところや気になってる部位はありますか?」

 悠里センセイの凄いところは、こうやってその日参加している人の、その日の調子によってメニューを瞬時に考えるところだ。私もこれで何度も身体の調子を整えることが出来た。

「そういえば紗奈さん、レースどうでした?」

 少人数であることもあって、以前話した内容もしっかり覚えている。咲ちゃんじゃなくても惚れてしまいそうだ。否、私には美穂さんがいるからそれはないが。

「おかげさまで、無事に完走出来ました。なので、今日は足全体が重いです」

「やったね! そうね、では今日は足の筋肉を緩める感じでね。他にはーー咲さんはどう?」

「ひゃっ、あ、私はお尻の筋肉を鍛えたい、かな」

 あはっ、いきなり名前呼ばれてびびったな。どうせ可愛い顔に見惚れてたんだろう。

「いいねぇ、しっかり鍛えましょうか。他の方は? あ、肩こりですね、そこもほぐしていきましょう、では始めまーす」




 ヨガのレッスンが終わって、着替えをして出てくると、まだ咲ちゃんの靴があった。挨拶だけして帰ろうと思ってふと覗いたら、おっと! 何やらセンセイとイチャついてるみたいだった。

 邪魔しちゃ悪いので、声はかけずに車へ戻る。しばらくしたら咲ちゃんが出てくるのが見えた。

「あ、紗奈ちゃん」

「咲ちゃん、センセイと何話してたの?」

「あぁ、筋肉の話だよ」

 とても嬉しそうに笑っているが、え、筋肉の話ってそんなに楽しいもの?

「は、もっと色っぽい話かと思った」

「センセイも筋肉フェチみたいでね」

「ちなみに聞くけど、どの筋肉?」

「腸腰筋の話で盛り上がっちゃってね、へへ」

 いやだから、何故、腸腰筋が嬉しいのか。

「またマニアックな」

「はぁ、あの可愛さは反則だよね、紗奈ちゃんそう思わない?」

「まぁ、可愛いとは思うけど」

「でしょ、恋人いるのかなぁ。紗奈ちゃん聞いてみてよ」

「自分で聞きなさい」

「そうだ私ね、来週のレッスン受けられないの、センセイに会えないの辛いなぁ」

「え、なんで、あぁマラソン大会かぁ」

「前日受付しなきゃ」

「頑張ってね」

「紗奈ちゃん、センセイによろしく言っておいてね」

「うんわかった。でもさっき、話さなかったの?」

「だって恥ずかしいもん」

 なんでだ? 大胆なのか、小心者なのかわからない人だなぁ、咲ちゃんは。恋をするとこうなるもの? なんか面白いな。


 そうして、次の週。

 私は、ヨガが終わってみんながいなくなった頃を見計らってセンセイに声をかけた。使ったマット等を片付けていたセンセイは、それでも笑顔で対応してくれた。

「どうしたんですか?」

「実は、今日咲ちゃんお休みだったんですけど」

「あぁ、そうでしたね」

「凄く残念がってて」

「私も、会えなくて残念です。用事があったんですかね」

「そうなんです、明日マラソン大会があって、今日から現地入りしてるんです」

「あぁ、あの女性だけのマラソン大会ですか?」

「そうなんです、そこでお願いなんですがーー」




 咲ちゃんから連絡があったのは、お昼を少し過ぎた頃だった。

「紗奈ちゃん、なにあれヤバい凄い可愛いし嬉しすぎるんだけど」

 勢いが凄い。

「でしょ、感謝してよぉ」

「するする、お土産期待しててね!」


 悠里センセイにお願いして、咲ちゃんへの応援動画を撮って、送ってあげたのだ。推しが自分のために応援してくれたのだから、辛くても頑張れるよね。そして二人の仲がこれでグッと縮まってくれたなら、密かに見守る私も嬉しい。


 さらに翌週のこと。

 咲ちゃんとしては二週間ぶりにセンセイに会うのだから。

 私は終了後、そっとスタジオを後にした。きっと二人で積もる話もあるだろうから。


「紗奈ちゃん、なんで帰っちゃったの? お土産渡したかったのに」

 咲ちゃんからの電話だ。

「センセイと楽しそうだったから、邪魔したくなかったんだよ。ちゃんとお礼言ったの?」

「もちろんだよ、おかげで完走も出来たしね。それにねーーふふっ」

 お、何か進展があったのかなぁ。

「ん、どうした?」

「今度、ご飯食べる約束しちゃった」

 もう、声が弾んでるし、喜んでいる顔も安易に想像できるわ。

「良かったねぇ、楽しんでおいで」

「ありがとう、紗奈ちゃん」

「そうだ、アドバイスしていい? 筋肉の話はやめておいた方がいいよ」

「え、なんでぇ? 楽しいのに」





 楽しいのならいいのかもしれないけど、デートでの話題が「筋肉」ってどうなのよ。

「話題がどうというより、相手が好きな人ならなんでも……それこそマニアックな話題でも幸せなんじゃないのかな。私は紗奈とならーーたとえば会話がなくても、とことん愛せるもの」

 私の恋人の美穂さんは、もうお喋りは終了とでもいうように、私に口づけをした。




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