4-2 胸の大きな女性が好きなんすか?
俺たちはエデラの町を出ると、フィールドを北へと向かった。
目的地の方向を示す黄色いアイコンが浮いている方角には、雪に覆われた山脈が連なっている。
緑色の草原だった周囲の風景も、しだいに岩石が露出するようになり、淡白な冬景色へと変わっていった。
アイリアとマイラが先頭を歩き、ナルは少し離れて、買ってもらったばかりのリボンウィップをパシパシと地面に当てながら操作方法の練習をしている。
その後を歩いていた俺の近くに、チーカがすっと寄ってきた。心なしか元気が無さそうだ。
「どうかしたのかな?」
俺が聞くと、チーカはふぅと溜息をついた。
「順位なんてどうでもいいって思ってたんすけどね……最下位って言われちゃうと」
なるほどそういうことか。俺はだいたい状況を理解した。
たしか視聴者からのコメントには、集合時間に遅刻した彼女を責めるような書き込みもあった。彼女としても遅刻が悪いことだとわかってはいるものの、それを一般人から責められたことにはショックを受けたのだろう。
チーカは自分の胸に手を当てると、訴えるような目で俺を見た」
「やっぱり男の人は、胸の大きな女性が好きなんすか?」
気にするとこそっちー?
前脚の力が抜けてがくっとなり、俺は思わずバランスを崩した。
こいつ、もしかして遅刻したことを、これっぽっちも反省してないのか?
「まだ15だし、これからまだまだ成長の余地はあるし、将来性に期待してほしいんすけどねぇ……」
いやいやお前の体型は関係ないだろ。
そりゃあまあ、豊満な胸に憧れる男が多いのも事実だろうけど、大きな胸に女性らしさを感じることもあるけど、赤ん坊の頃を思い出して甘えたくなることもあるけれど、俺にもそういう面が無いって言ったら嘘になるけど……それが全てってわけじゃない。
チーカは可愛いし、表裏の無い率直さは魅力的だし、シンプルな体型も含めて、彼女のことを好きになってくれる男も多いはずだ。
「チーカ、お主は考え違いをしているようじゃの」
「え?」
「お主は……」
俺はキョトンとした目をして俺を見つめている彼女に、遅刻のことを告げようとしてふと言葉を飲み込んだ。大場の話を信じるなら、この番組はもう終盤に差し掛かっている。今さら遅刻したことを叱咤し、萎縮させてしまっても意味はないだろう。それより、未だに現実世界の感覚を引きずったままの彼女が、少しでもゲームの世界に入り込めるように促すのが俺の仕事だ。
「お主に欠けているのは共感力じゃ」
「きょうかんりょくぅ?」
しまった。彼女の知らない単語を使ってしまったかもしれない。俺は分かりやすい言葉を選びながら説明を続けた。
「この世界は今、危機的な状況にある。長く続いた平和が終わり、暗黒の時代が訪れようとしていることに、人々は不安と恐怖を感じて生きているのだ。それなのにどうだろう。お主の態度をみると、まるで他人事のようじゃ」
「う……」
チーカはどこか腑に落ちるところがあったようで、少し考えているような表情になった。
「人々からしてみれば、自分たちの苦境に興味を示さない冷たい人……そんな印象をもってしまうのではないかな?」
彼女は眉根を寄せて俺の言葉を脳内で繰り返しているようだったが、しばらくすると何かを悟ったように明るい表情になった。
「なんとなく、わかったような気がするっす!」
おお。俺の気持ちが伝わったようだ。
なんだろう、この感覚。
警戒して俺から距離を置いていた野良猫が、ようやく近づいてきてくれた時のような感覚!
「……とりあえずどうすばいいんすか?」
んなこと自分で考えろ!っと言いたいところだが、せっかく前向きに取り組もうとしている彼女のやる気を損なわないよう、ひとつだけでも具体例を出してやることにする。
「そうじゃの……まずは、わしに対する態度を改めるべきじゃ」
「は?」
俺の言葉に、チーカはあからさまな疑いの目を向けた。
「よいか。この世界の平和が維持されているのは猫のおかげじゃ。その中でもわしは人々からも尊敬を集める老猫。そんなわしに対して、お主の態度はどうじゃ……」
「あっしにエロ猫って言われたこと、まだ根に持ってんすか?」
「違うわっ!」
しまった。ついつい感情的になってしまった。俺は齢90歳の老猫なのだ。小娘の戯言にいちいち目くじらを立ててはいけない。大海原のような広い心で受け止めてやらねば――
「ふーん。何て呼べばいいっすか?」
俺は怒りを抑えるため一呼吸置くと、彼女の問に答えた。
「そうじゃな。お主とは長いつきあいだし、師匠と呼んではどうじゃ?」
「し、師匠? それはない。ないっすよー、あはは」
腹を抱えて笑う彼女に再び殺意が芽生える……いかんいかん。大人の対応、大人の対応――
「ならば、どう呼ぶのが良いと思う?」
「うーん……先輩?」
おまえ、それしか人称代名詞のボキャブラリーないのか?
「却下じゃ」
俺が否定すると、彼女はまたしばらく考えてから答えた。
「じゃあ……お兄ちゃん?」
え?
なんでそうなる?
先輩より親密になってるじゃねぇか!
「あ、うそうそうそ! 今のなし!」
俺が硬直していると、チーカは頬を真っ赤に染め、手をブンブンと振って自分の言葉を打ち消した。
「し、師匠でいいっす。よろしくっす。いよっ、師匠!」
そう言うと彼女は、ヒューヒューと口笛らしきものを吹きながら歩みを早めた。
まったく――若い女子の考えることはそもそもよくわからんが、この娘はさらに理解不能だ。
いつか互いに理解し合える日はやってくるのだろうか――
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