4-1 マジありえないんだけど!
「かつてこの世界では、恐猫王ディドロが率いるモンスターたちによって荒らされていました」
エデラ教会のゼイガル司祭は、俺たちを前にすると歴史について語り始めた。
猫神がディドロを封印したことで長い平和が訪れたが、ヴィルフレドが封印を解いてしまったために、モンスターたちが再び力を増してしまうのだという。
深淵の谷で見た恐猫王の禍々しい姿を思うと、とても簡単に倒せるとは思えない。アイリアたちも力をつけてきたとはいえ、所詮は普通の人間だ。
「ディドロを倒すか、封印する方法はあるのか?」
俺が聞くと、ゼイガルは腰をかがめ、俺を正面から見据えて言った。
「この町の北にある聖猫神殿へ行き、洗礼を受けてください。大司教様には私から親書を送っておきますので」
ゼイガルはそれだけ語ると、通常の待機ポーズに戻った。
次の目的地が確定したのだ。
※
教会を出ると、俺たちは町の出口に向かってメインストリートを進んだ。
「ちょっとまっていただけますか?」
マイラは町を出ようとする俺たちを制止すると、プライベートチャットを送ってきた。
「あのさあ、私が4位とか、マジありえないんだけど!」
一瞬、誰が喋っているのかがわからなかった。しかし口調は違えど、これはマイラの声だ。画面上でもマイラの名前の横に、スピーカーアイコンが点滅しているので間違いない。これが演技をしていない時の、彼女の通常の口調なのか?
とにかく彼女が投票結果のことで腹を立てているのは確かだ。
「カリサ、あんたが1位とか、おかしいでしょ? どんな手を使ったのよ」
マイラはランキング1位のカリサに食ってかかった。たしかに彼女が首位だったのは俺にとっても意外だったが、不正があったなどとは考えにくい。
「――事実を受け入れることね。みっともないわよマイラさん」
カリサは髪をパサッとかきあげながら、少しも動じることなく言い返した。
「あ、あくまでもシラを切るつもり? 絶対あんたの化けの皮を剥がしてやるわ!」
「へえ。面白いこと言うわね。どうぞ、好きにすればいいわ」
「むきーっ!」
挑発的な態度をとられてマイラの怒りは収まる様子がない。
「ストップ、ストーップ! ねぇねぇ、なかよくやろうよ! 投票なんて気にしないでさ!」
陽キャのナルは険悪な雰囲気に耐えられず、対立する2人の間に割って入った。
「ランキング2位の人は余裕ってわけね。最後に優勝するのは自分だって思ってるんでしょ!」
「え、違っ……」
マイラにキッと睨まれたナルは、その剣幕に押されて黙ってしまった。
「マイラ、すまないな。私のように失敗ばかりでパーティに貢献できていない者が3位になってしまって……」
アイリアは本音を言っただけなのだろうが、当然ながらこれも逆効果だった。
「私が哀れだっての? 同情なんてやめてよ!」
「いや、そんなつもりじゃ……」
アイリアも黙ってしまったことで俺たちは気まずい沈黙に包まれた。チーカは先輩たちのバトルに面食らったようで、少し離れた場所でオドオドとしている。
俺たちがこうしてプライベートチャットを交わしている間、視聴者には何も聞こえていない。5人の人間と1匹の猫が待機姿勢のまま、ぼーっと立っている映像が流れているだけだ。このまま続けていては視聴者数を減らすことになってしまうだろう。
しかたない。そろそろ大人の出番かな。
「なあ、お前ら。この番組のプロデューサーが、もっとも恐れていることは何だと思う?」
俺が問いかけると、真っ先に答えたのはナルだった。
「キャストどうしが揉めること?」
「いや、違うな」
「違うの?」
ナルは自分の返答に相当の自信があったらしく、面食らったような声を出した。
「プライベートチャットを使いすぎて、番組の進行が停滞してしまうことでしょうね」
カリサがイライラとした口調で答えた。この会話じたいを早く終わらせたいという意志が伝わってくる。
「確かにそれもあるが、最悪じゃない」
「――じさらないで答えを教えてよ。いったい何なの?」
マイラが痺れをきらしたようなので、俺は数秒の間をとってから重々しく語った。
「最悪の事態は、このまま何事もなく順調に終わることだ」
全員が目を丸くして押し黙った。
予想外の答えだったのだろう。
かくいう俺だって、この仕事を引き受けた当初は、番組を滞りなく進行し、きっちり終わらせることが最重要だと思っていた。しかし大場の話を聞いているうちに、ようやくリアリティ番組の意義がわかってきたのだ。
「これはシナリオが用意されたドラマじゃない。視聴者が期待しているのは予想外のハプニングなんだ」
「だから……なんだってのよ」
マイラは落ち着きを取り戻しつつあったが、まだ釈然としない様子だ。
「ランキングは今後も激しく変動する。変動しなければならない。途中経過なんて関係ないってことだ」
俺の言葉を聞いて、マイラは心を落ち着けるように何度か深呼吸をした。
「なるほどね。面白いじゃない」
そうつぶやくと、彼女はプライベートチャットを切り、仲間たちに呼びかけた。
「それじゃあ皆さん、がんばりましょうね! 聖猫神殿めざしてゴー!」
あまりの変わりように、俺たちが「お、おう」と返事をするまでさらに数秒の時間が必要だった。
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