3-4 これが仲間にする仕打ちなのかしら?
「またせた!」
ナルに抱きしめられて俺が夢心地のままウトウトとしていると、突然背後から元気のいい声が響き渡った。
アイリアだ。その後ろにマイラもいる。二人とも両脇で太めの枝を抱えていた。
「これだけあれば、一晩は持つだろう。ん? どうかしたか?」
ナルが無反応なので、アイリアは何か違和感を感じたようだった。
「え? どうもしないよ。あはは。薪、集めてくれてありがとね!」
ナルは立ち上がると、いつもと変わらず陽気に振る舞った。
彼女は俺に何を言おうとしていたのかわからないままだったが、どこかで俺はほっとしていた。それは今の彼女との関係性が俺にとって心地よく、変わってほしくないと感じていたからかもしれない。
アイリアとマイラが運んできた枝を野営地の中央に積み上げると、ナルは俺たちから少し離れた場所に移動してから振り返った。
「じゃあ、火をつけるよ!」
その場にいた全員が注目する中、ナルは精神を統一するように目を閉じて深呼吸をすると、ズンチャカズンチャカとノリのよい音楽に合わせて踊り始めた。舞踏魔法だ。体の向きを変えながら、なまめかしく腰を振り、ときおりカメラに向かって色っぽい視線を投げかける。以前見た動きとは微妙に違うので、若干のアレンジを加えているようだ。
「ファイヤーボム!」
音楽の終了と同時にナルが叫ぶと、山積みにされた薪が激しく爆発した。火がついたままの小枝と薪が焼夷弾のように周囲に弾け飛び、俺たちに襲いかかる。「きゃーっ!」っと阿鼻叫喚の悲鳴が上がる。殺す気か!
「あ、ご、ごめん!」
ナルにとっても想定外だったようで、慌てて仲間たちに謝った。
「いや、大丈夫だ。気にするな。ははは」
アイリアは立ち上がりながら明るく笑ってみせたが、真紅の髪はいちぶが黒く縮れており、スパッツにも焦げた穴が空いて肌が露出している。ヒットポイントゲージを見ると、半分近くまで減っていた。マイラは離れていたため直撃は免れたようだが、カリサはケホケホと咳込むと、ナルを鬼のような形相で睨みつけた。
「これが仲間にする仕打ちなのかしら?」
「たはは。ほんとごめん」
ナルは申し訳無さそうに手を合わせて謝ったが、カリサは簡単に許すつもりはないらしく、不機嫌そうにプイッと目をそむけた。怒りが収まるまでには時間がかかりそうだ。
とはいえ、山火事にはならなかったし、死人もでなくてよかった。
「薪を集めるぞ。みんな、協力してくれ」
アイリアは爆風で散らばった薪を集め始めた。「そ、そうだね!」と言ってナルも慌てて回収作業に加わった。爆発の中心だった場所にはチロチロと炎が上がっているので、火を起こすことには成功したようだ。
俺たちは散乱した薪を焚き火に集めると、輪になって腰を下ろした。
ほっとため息をつく。
盛り上げ役のナルがしょんぼりしているので、しばし沈黙が訪れた。
「アイリアさんの体力、わたしが回復させますね」
静寂を打ち破ったのは意外にもマイラだった。そういえば彼女がパーティーに合流してからずいぶんになるが、お得意の回復魔法は一度も披露されたことが無かった。
「おお。ありがたい。どうすればいい?」
「仰向けに寝てください」
「わ、わかった」
アイリアが横になると、マイラは傍らで膝をつき、両手の掌をアイリアの胸に押し当てた。そして心臓マッサージのような動きで、周期的に体重をのせて押した。
「ふんっ、ふんっ、ふんっ」
「い、痛っ!」
激しく繰り返される圧迫に、思わずアイリアが仰け反る。
「す、すみません!」
「うぐぐ」
マイラは自分の筋力がパーティの中で最大であることを忘れていたようだ。
「具合、どうですか?」
どうやら治療は終わったらしい。アイリアがヒットポイントゲージを確認すると青色になっていた。100%のフル満タンということだ。
「あ……ありがとう」
アイリアは礼を言ったが、表情は青ざめていた。よっぽど痛かったのだろう。
「どういたしまして。カリサさんも、少しダメージを受けているみたいですね」
マイラに視線を投げかけられたカリサは恐怖の表情を浮かべた。
「い、いえ。私は軽症なのでお構いなく」
「そうですか。回復が必要なときは、いつでも言ってくださいね。それがわたしの役割ですから」
マイラは患者を気遣う看護師のように優しく笑った。痛みの伴う回復を皆が嫌がっていることに、彼女は気づいていないのか? それともとっくに気づいていて楽しんでいるのか? マイラの真意は俺にとってはまったくの謎だった。
ただ確かなことは、彼女の回復魔法には期待できないということだ。患者が感じる痛みはおいておくとしても、近接でしか行使できないのでは、バトル中の実用性が低すぎる。回復量は少ないが、薬草を使うほうがよいだろう。
空を仰ぐと、すでに星がまたたき始めていた。焚き火は十分な火をたくわえており、就寝中にモンスターに襲われることはないだろう。
「夜も更けたようじゃ。そろそろ寝るとするかの」
俺はそう言うと、焚き火の近くに寝そべり、大きく欠伸してから体を丸くして目を閉じた。
「お疲れ様です」
「おやすみー」
仲間たちの声が聞こえる中で、俺はメインメニューを開き、キャンプコマンドを実行した。
安らかな音楽がフェードインするとともに、周囲の風景が暗くなっていった。
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