2-1 胸が邪魔で……ほんと辛いんです

 俺が再びゴーグルを装着すると、真っ暗な背景の中央に白い文字で数字がカウントダウンされていた。

 これがCMが終わるまでの時間を表しているのだろう。

 数字が2から1になると次第に視野が明るくなり、同時に彩度も上がっていく。

 澄んだスカイブルーの空や、鮮やかな緑色の樹木が次第に輪郭を形成していく。

 オリゴン村の教会の前に、俺は立っていた。

 

 周囲を見回すと、体を揺さぶってプレートアーマーを体になじませようとしているアイリアと、俺に気づいて軽く会釈をするマイラの姿が見えた。もうひとりの姿は見えない。

 俺がチーカを探してキョロキョロとしていると、まるで花火の爆発を逆再生で見るように、多量の光の粒が1箇所に集まり、それが少女の姿に変わった。


 「おっとっと」


 出現した場所に凹凸があったようで、チーカはよろめいてから体のバランスを取り戻した。

 「おまたせっす。それにしても休み時間、短かすぎっすよ! ゆっくりトイレにも行けやしない」


 おいおい!

 遅刻したばかりか普通に現実世界の話をするなよ!

 俺は文句のひとつも言いたかったが、怒りをぐっとこらえ、ポータルを探して歩き始めた。

 ここで口論になるとさらに世界観が壊れてしまうかもしれない。無視するほうが得策だ。

 川沿いの道を少し北上したところに、ポータルはあった。

 俺が前足を乗せると、無数の光の粉が上空へと立ち上がり、アクティベートされたことが示される。

 これでいつでもこの場所に帰ってくることができるようになったわけだ。


 「この川の上流に何か原因がありそうだな。様子を見に行くとしよう」と、アイリアが状況を説明してくれた。途中から番組を見始めた視聴者のためにも、こうやって随所で説明が入ることはありがたいことだろう。

 相変わらずの棒読み口調からは、演技の才能はまったく感じられないが、そもそも彼女ぐらいの美貌で演技力にも恵まれていたら、こんな場末の番組には出演していないのだ。

 それにアイリアだけは、視聴者のことをちゃんと考えながら行動してくれている。もし俺に『推しドル投票』の投票権があるなら、迷わず彼女に入れるだろう。

 いっぽうチーカは忍者の役割を演じる気などまったくなく素で行動しているし、マイラは清楚で優しそうな外見とは裏腹にライバルを蹴落とそうと画策している。俺は改めてこんな番組を企画したディレクターの大場に、軽い殺意を覚えた。


「ねえ、先輩。もしかして魔法使えるんすか?」


 背後でチーカの声がした。振り向くと、新しい仲間のマイラに興味しんしんの様子だった。並んで歩きながら、マイラが右手にもっている杖をしげしげと覗き込んでいる。


「は、はい。初歩的な回復魔法だけですが」

「いいっすねえ。あっしも魔法使える職業がよかったっす」

「そんなことないです。チーカさんのクラスは忍者ですよね? 身軽に動き回れて羨ましいです!」

「そ、そうすか?」


 チーカは自分が褒められたことでちょっと上機嫌になったが、何が褒められているのかについては理解できず戸惑いを隠せない。

 

「はい。私には絶対まねできません。私……体をちょっとひねるだけで胸が揺れてしまって身軽に動けないんです」

「え、それはクラスと関係ないような……」

「走ったり、ジャンプしたりするたびに、もう胸の反動が邪魔で……ほんと辛いんです」

「はぁ……」

 

 マイラの褒め殺し作戦が、今度はチーカをターゲットにして繰り広げられていた。

 チーカの幼児体型を揶揄して、投票数を減らそうという魂胆なのだろう。

 チーカはもともと『推しドル投票』で最下位だったが、ただでさえ少ない票が、これでまたマイラに流れたんじゃないだろうか。

 マイラはチーカに向かって小さく会釈すると、儚げな表情でにっこりと微笑んだ。

「私はのろまであまりお役には立てませんが、頑張りますのでよろしくおねがいします」

 チーカは居心地の悪い気分で返答に窮していると、俺の猫耳が、前方からのガサッという物音を捉えた。

 

「敵だ!」


 先頭のアイリアがロングソードを構えると、生い茂る草むらの中からぴょんと、ジャラシが躍り出た。

 1匹、2匹……、3匹いる!

 数は多い。しかし、落ち着いて戦えば負けることは無いだろう。

 ジャラシはチーカのクナイでも1発で仕留めることができるし、なんと言っても今回は仲間に回復役が居る。

 

「せいっ!」


 アイリアが勇ましい掛け声とともに、左端のジャラシに剣を叩き込んだ。

 敵の体はあっさりと光の粒になって四散する。

 あと2匹!

 右端のジャラシはチーカに向かってひょこひょこと体を移動させている。

 チーカは「あわわ」と慌てながらも、なんとか敵と接触する前にクナイを右手に装備することができた。

 流石に初期から参加しているプレイヤーだけあって、そろそろ操作にも慣れてきたようだ。

 俺が半ば安心して視線を前方に戻すと、中央のジャラシはまだ健在だった。

 アイリアは一生懸命に剣を振っているのだが、敵との距離が遠いため空を切っているのだ。

 俺はプライベートモードでチャットを開始した。


「武器にはそれぞれ有効な距離がある。ロングソードはもっと敵に近づかなきゃだめだ。左手のコントローラを前に倒してみろ!」

「う、うん!」


 パニクっているせいか、アイリアの口調が子供っぽくなっている。

 次の瞬間、彼女は猛ダッシュし、ジャラシにタックルを食らわせた。

 ジャラシは少し後退したが、ダメージは受けていない。


「倒しすぎだ! だが、距離は縮まった。攻撃してみろ!」


 アイリアがロングソードを振り下ろすと、ジャラシの体躯は軽快な効果音とともに勢いよく飛び散った。


「ふぅ。終わった……」


 アイリアがほっと胸を撫で下ろすのと同時に、背後で小さな悲鳴が聞こえた。

 俺が振り返ると、ジャラシが体をくねらせてマイラに1撃を浴びせたところだった。

 すかさずチーカがクナイを振るうと、最後の1匹は雲散し、勝利のファンファーレが鳴り響く。

 

 ちょっとまごつく局面もあったが、初めてパーティバトルらしい連携プレイができた気がする。

 俺は安堵のためいきをつくと、視野の左下に並んでいる仲間のヒットポイントゲージへと視線を移した。

 ダメージを食らっている仲間がいれば、マイラの回復魔法で回復させようと考えたからだ。

 すると1本の真っ赤なゲージに気がついた。

 

 ――マイラが死んでいた。


 チーカは横たわるマイラの死体の前で呆然と立ち尽くしている。

 たったの1撃で即死?

 弱っ!

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