CMの時間 その1

 教会から屋外に出ようとすると、目の前の風景が次第に白くなり、耳元でタリラリラーンというファンファーレが鳴り響いた。

 

 すると真正面に大きく「Intermission」と書かれたダイアログが出現した。

 どうやらCMの時間らしい。

 俺はふぅーと深い溜息をつくと、両手をコントローラから引き離し、頭からゴーグルを取り外した。


 白い壁が見える。

 そうだ、ここはテレビ局の会議室なのだ。

 俺は汗がにじんだ髪をかきあげて空気を通しながら、意識を現実空間へと移行させた。

 どれくらいプレイしていただろうか。

 腕時計を確認すると、開始からわずか30分ほどしか経過していなかった。

 30分でこの疲労感?

 そう考えると、さらにどっと疲れが押し寄せてきた。

 最近は1日16時間プレイすることも普通だったから、リヴァティの長時間プレイには耐性があるほうだ。

 しかし複数の初心者プレイヤーとパーティを組み、生放送の番組を進行するとなると、異常に神経を消耗してしまう。

 バイト料はいくらだっけ?

 とても割に合わない気がしてきた。


 ――すると、会議室の扉が開く音がした。


「おつかれさん!」


 プロデューサーの大場が笑いながら部屋に入ってきた。

「いやあ、一時はどうなることかと思ったが、おかげで順調にスタートが切れたよ。ありがとう」

 大場にねぎらいの言葉をかけられたが、俺の中に蓄積されていた不満が反射的に吹き出した。

「おい、事前に聞いてたのと話が違うぞ! 俺の仕事、技術アドバイザーってより、実質、番組の進行役じゃねえか」

 俺が声を荒げると、大場はちょっと焦った様子で笑顔を取り繕った。

「悪い、悪い。でも視聴者からは好評だぞ。とくにアイドルの股間を大写しにするサービスショット!」

「い……いや、あれは猫視点だからしかたなく!」

 俺は慌てて否定したが、大場はいやらしそうな笑みを浮かべた。

「そう。その必然性がいいんだよね。あざとい演出は嫌われるから」

 

 こいつ……まさかこうなることを予想して俺のアバターを猫にしたんじゃないのか?

 俺の中で疑念が噴出したが、視聴者がこういったハプニングを喜ぶと言うのは真実だろう。昔テレビでやっていたアイドル水泳大会の「ポロリもあるよ」なんかとくらべたら、こっちはコンピュータグラフィクスのアバターだし、よっぽどマイルドだ。

 大場はCMが終わる時間を気にしている様子で、しきりに腕時計を見ながら話を続けた。

 

「で、視聴者による『推しドル投票』の状況だが……」

「推しドル投票?」

 

 たしかにそんなシステムについて大場から説明されたのを思い出した。放送中、視聴者に投票させて、得票数がいちばん多かった者だけがアイドルとして正式にデビューできるという仕組みだ。ぶっちゃけ俺の立場ではどうでもいいことなので、完全に意識から消えていた。

「あくまで現時点での経過だが、こんな感じだ」

 大場はスマホの画面をポチポチっと操作すると、画面を俺に向けて見せてくれた。

 

 1位、マイラ 101票

 2位、アイリア 97票

 3位、チーカ  45票


「へえ。マイラはさっき登場したばかりだけどな。1位なんだ」

 チーカは生意気なので最下位なのは納得だが、正統派の女主人公という印象のアイリアはいかにも人気が上がりそうなので、2位という結果は意外だった。

「集計の直前まではアイリアが1位だったんだがな。ムキムキの筋肉キャラみたいに言われて票が減ったみたいだな。やはり筋肉質なアイドルというのは、あまりウケがよくないし」

「いや、べつに彼女、ムキムキというわけじゃ……」

 そこまで言いかけて、ようやく俺は気がついた。

 1番人気のキャラをおとしめるための、マイラの巧妙な褒め殺し戦略に。

 

 相手を誹謗したり欠点を指摘したりすれば、自分が嫌われてしまう。

 そこで、『推し』が減るような方向で相手を褒めるわけだ。

 マイラの清楚で上品な面持ちからは到底想定できなかったが、そう考えれば辻褄があう。

 いやはや……なんともアイドルの世界は恐ろしい。

 

「じゃ、そろそろCM終わるから、続きもよろしくな」


 マイラの真意に気づいて呆けている俺を残し、大場はそそくさと部屋から出ていった。

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