1-5 手本を見せて欲しいっす。先輩!

 しばらくフィールドを進むと、植物系のモンスターと遭遇した。

 

 頭上には敵であることを示す赤いタグで、「ジャラシ」と表示されている。

 全高は人と同じぐらい。薄茶色のフサフサの毛で覆われた細長い本体の下から1本の足が伸びており、全身をくねらせながら立っている。知能は低そうだし、特殊な攻撃スキルを持っているようにも見えない。村の近くに出没することからも明らかだが、おそらく最弱のモンスターだろう。普通に攻撃するだけで簡単に倒せるはずだ。


「あれ? 武器が使えないっす」


 声がしたのでチーカを振り返ると、何もない空間に向かってパンチを繰り返していた。武器の装備方法を説明しなければならないと気づき、俺はプライベートチャットをつなげた。


「まずは武器を装備するんだ。マウスの右ボタンをクリックするとメニューが開く――」

「ん……と、開いたっす!」

「袋のアイコンをクリックすると、持ち物のリストが表示される。その中から武器を探すんだ」

「ええと、これかな。『クナイ』って書いてあるっす」

「それだ。クリックすれば装備できる」


 シュバッと音がすると、チーカの右手に短剣が出現した。


「おお――えいっ!――あれっ?」


 チーカはクナイを振ってジャラシを攻撃しようとしたようだが、刃は虚しく空を切った。

 当然だ。ジャラシとの距離は槍でも届かないほど離れている。

 

「クナイの効果範囲は狭い。敵に近づかなければだめだ」

「えーっ、こいつ気持ちわるいっす。近づきたくないっす!」


 チーカは苦悶の表情を浮かべながらも、少しずつジャラシへと近づこうと試みた。

 ジャラシの長い体がぶるんと不規則な動きをするたびにチーカは「ひっ」と言って退くので、なかなか距離が縮まらない。


「まず手本を見せて欲しいっす。先輩!」


 都合のいいときだけ先輩呼ばわりかよ!

 猫も簡単な攻撃ぐらいならできるだろうが、それでは操作方法の練習にならない。


「わしは老いぼれじゃ。モンスター相手に戦うことはできん」

「えーっ! なんすかそれ! 私だけで戦うんすか? 自分は見てるだけ? つかえねーっ!」


 齢(よわい)九十の老人に対しこの態度!

 つくづく失礼なやつだ。

 そもそもお前らがアイドルデビューするための番組だろが!

 自分でやらずにどうする。


「心配いらん。見たところ、その敵は雑魚の類だ。しっかり狙えば確実に勝てるはずじゃ」


 俺は怒りをこらえながら、大人として精一杯のアドバイスを与えた。


「――ったくもー!」


 チーカは観念して視線をジャラシに向けると、思い切って距離を縮め、クナイを振り下ろした。


 きゅん!

 なにやら可愛らしい効果音とともに、ジャラシの体は崩壊し、細かな光の欠片となって砕け散った。

 続いてタリラーンと勝利のファンファーレが鳴り響く。


「やった!」

 

 チーカは初めての勝利に喜びの声を上げた。

 最初は無理だと思えたことでも、いちど成し遂げてしまえば、なんでもないことのように思えるものだ。

 最弱のザコ敵とはいえ、彼女にとっては大きな自信につながったことだろう。

 しかしチーカはなぜか、凄い形相で俺を睨みつけてきた。


「あのう……ひとりでできるんで、いちいち指示しなくていいっすからね」


 うわー。こいつ、感謝のかけらもねえ!

 チーカは俺の反応も待たずにとっとと先へ歩き始めた。


                *

 

 しばらく丘を登っていくと頂上付近に石造りの建物らしきものが見えてきた。

 目的地アイコンの向きとも一致している。

 あれが猫の神様を祀っているというほこらなのだろう。


 近づいて見ると、意外に小さい。

 高さは人間の身長と同じぐらいだ。

 コの字型に石柱を並べた上に何段かの石版が乗せられた構造で、中空の部分に実寸サイズの猫の石像が鎮座していた。

 村人たちは、モンスターが凶暴化した原因がこの祠にあると考えたようだが、見たところとくに変わったところはなかった。無駄足だったか。


「きゃっ」

 

 俺が振り向くと、チーカの周囲を3匹のジャラシが取り囲んでいた。

 いつのまにか接近を許してしまったようだ。


「落ち着くのじゃ。1匹ずつ倒せば、勝てない相手ではない」


 俺の言葉には耳も傾けず、チーカはまず右端のジャラシに走りより、クナイを振り下ろした。

 手応えあり。

 ジャラシの頭上に表示されているライフゲージがぐんぐんと減り、糸のように細くなる。

 チーカがほっと安心して、ターゲットを中央のジャラシに切り替えようとしたとき、瀕死のジャラシがブルンと身を震わせ、毛の先端がチーカの腕に命中した。


「痛っ!」


 チーカが跳ね退く。

 実際には痛みは無いはずだが、ゲーミングスーツに内蔵された筋電アクチュエータの効果によって、脳は痛いと感じるのだ。

 実際、チーカのライフゲージも、10%ほど減少していた。


「な、なんで? さっきは倒せたのに!」


 チーカの声に緊張が走る。

 確かに変だ。ゲーム開始直後に出現する雑魚敵が、そんなに硬いはずはない。しかも味方ひとりに対して3匹も出現するとは、どう考えてもバランスが悪い。

 チーカは動揺しつつも最初の敵に再び狙いをつけ、今度こそとばかりにクナイを突きつけた。


 キンッ!

 

 なんと攻撃は命中したはずなのに、敵のライフゲージはまったく減っていなかった。

 これはさすがにおかしい。

 リヴァティシステムのバグでないとすれば……イベントか?

 ランダムエンカウントによるバトルではなく、メインシナリオのイベントの場合、特定の条件が成立しない限り、絶対に敵を倒せないことがある。力づくでストーリーを進められては困るという製作者側の都合だ。今回の場合はなにが鍵だろうか。


 バシュッ!

 

 俺があれこれと思索を巡らせているうちに、突然、3匹のジャラシが砕け散った。


 「すまない。ちょっと遅刻したようだ」

 

 背後から女性の声がした。

 振り返ると、ライトアーマーを身にまとった勇ましい出で立ちの少女が、はぁはぁと息を切らせながら立っていた。

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