1-4 なんかキモいんすよねー
村長の家を出ると、俺は村の出入り口にある広場へと向かった。
ポータルはワールド内を瞬間移動することができる便利な施設だが、事前にロックを解除しておかなければ、そこへワープすることはできないのだ。村や町の場合、ポータルがある場所はだいたい決まっているので迷うことはない。
少し距離をおいて後ろからついてきているチーカはまだ不機嫌な様子だ。どうやら彼女の思考回路には視聴者に番組を楽しんでもらおうなどという論理は存在せず、単に思うがままに行動しているようだ。そんなんでアイドルが務まるとでも思っているのだろうか? いや……そこまで深くは考えてないんだろうな。
それにしても、俺が見たのはアバターのパンツであって、要するに単なる3Dグラフィックに過ぎない。それでも見られた本人は恥ずかしいと感じるらしいから、人間という生き物は不思議だ。実に興味深い。
「ところで、歳はいくつなんすか?」
おもむろにチーカが聞いてきた。
「老猫」とは聞いていたが、年齢設定はわからない。そうゆう場合はアドリブで役割を演じきるのがロールプレイングゲームというものだ。
「90を少し越えたぐらいになるかのう。今は隠居の身じゃ」
俺は歩きながら適当に答えた。
いっそ300歳ぐらいにしようかと思ったのだが、猫の平均寿命は18年ぐらいだというから、90でも相当な長寿と言えるだろう。
「そーじゃなくて中の人間のほうっす。おっさんすよね?」
は?
俺の実年齢を聞いてるのか?
おいおいおい、これはロールプレイングゲームなんだぞ。
しかもこの会話は視聴者に聞こえてるってことがわかっているのか?
リアルの話をするなんてご法度だろが!
俺は呆れるとともに、無性に腹が立ってきた。
チーカに対してではない。ディレクターの大場だ。
リアリティ番組だか何だか知らないが、あいつは予行練習ばかりか、出演者に基本ルールを教えることさえやってないのか? 全部現場任せかよ!
とはいえ何も返答せずに沈黙を続けていては放送事故になってしまう。
俺はその場をとりつくろうため何とかセリフをひねくり出した。
「ふ――。前世の話か。確かにわしはかつて人間だったかもしれんが――はるか昔の話じゃ」
「……」
チーカは明らかに不服そうだ。しかし俺のほうに折れる意志が無いことは悟ったようだ。
「ふーん。あくまでしらを切るつもりっすか。まあいいっすけど……なんかキモいんすよねー。おっさんと二人で歩いてるのかと思うと。――チラチラとあっしの足を見てくるし」
見てねーし!
猫は視点が低いんだから、見上げるしかねーんだよ!
くっそ――足を見られたくないなら、頭の上にでも乗ってやろうか?
――だいたいアイドルになりたいなら、おっさんを敵に回すような発言も禁句だろ。グッズを買い集めたり、高額な投げ銭したりするのはだいたい中年オヤジなんだぞ。
――おっと、いかんいかん。
たかが女子高生の言動に何を振り回されてるんだ。
俺は大人だ。
大人の対応ができる大人――のはずだ!
広場に到着すると、相撲の土俵のような大きさで、石が円形に並べられている場所を見つけることができた。これがポータルだ。
俺が円の中心近づき、右手のマウスをクリックすると、タリラリーンという間の抜けた効果音とともに光の帯が立ち上った。
ポータルのロックが解除されたのだ。
「これでよし。今後は、好きなときにここへ戻ってこられるぞ」
「ふーん。そうなんすね」
チーカは少し関心したような表情をしていたが、こんなことはリヴァティのルールのなかでも基本中の基本だ。それに彼女のアバターの動きは未だに不自然で、移動はしているものの、体の向きが変わっていない。さてはリヴァティのチュートリアルを真面目にやっていないのかもしれない。疑いをもった俺はカマをかけてみることにした。
「それよりお主、忍者だったな。戦闘のほうは自信あるのか?」
予期せぬ質問にチーカは面食らったようで、気まずそうに後頭部をポリポリと掻いてみせた。
「いやあ、よくわかんねっす。チュートリアルは面倒くさいんでスキップしたし――」
やっぱりこいつ、チュートリアルやってねえ!
今までも初心者プレイヤーに遊び方を教えながらプレイしたことは何度もあるが、さすがにチュートリアルさえやってない奴は初めてだ。今からやりなおそうにも既に本番は始まってるし――プレイしながら教えるしかないようだ。
俺は再び通話モードをプライベートに切り替えると、怒りを抑えながらできるだけ冷静に語りかけた。
「体の向きを変えるときは、左手のコントローラを回転させるんだ。やってみろ」
「左手っすね。ええと……」
チーカはその場でぐるぐると回り始めた。視聴者から見たら、突然頭がおかしくなったのかと思うかもしれない。
「なるほど。習得したっす。つうか、こうゆうことは最初に説明してほしいっすよね」
チュートリアル飛ばした奴が言うな!
――いかんいかん。相手は子どもだぞ。落ち着かなくては――。
しかし今後パーティに加わる予定の4名は、もっとまともな人間であってほしいものだ。そう猫の神様に祈りたい。
とりあえず、メンバーがチーカしかいない状況では、彼女には生き延びてもらわなくてはならない。
基本操作もわからない状態で戦闘に突入することだけは避けたいところだ。
「村の外にでたら、モンスターと遭遇するぞ。左上に青いラインが見えるだろ。それがお前のライフゲージ――残りの体力だ。敵の攻撃を受けると
「――攻撃したいときはどうするんすか?」
「マウスの左ボタンをクリックするだけだ。ただ、攻撃直後は無防備になるから気をつけろよ」
「なるほど。よくわからないけど、やればできるっす!」
チーカが示す裏付けのない自信が逆に俺を不安にさせた。
しかしアクション操作は説明を受けただけでは理解できないものだ。実戦を積んで学んでいくしかないだろう。俺はこれ以上の説明を諦めて、先へと進むことにした。
村を取り囲んでいる雑木林を抜けると、一気に視界が広がった。
空は青く澄み渡り、雲はまばらに見える程度だ。ゆるくうねった丘陵地帯は緑色の草に覆われ、はるか地平線まで続いている。
前方には黄色いアイコンが浮遊しており、次の目的地の方向を指し示している。
このような開けた場所は、敵から不意打ちを食らわされる心配が無い反面、敵に見つかった場合は隠れる場所もない。足早に移動してやりすごすのがセオリーだ。
俺たちは広大なフィールドに向けて歩き出した。
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