第13話 魔女と手負いの獣

 暗い暗い森の中を私とハルは進んでいく。足の感覚は泥土と少し違和のあるくぼみを辿っている。ハルは罠を【捕食】する際に溶かしているしゅわしゅわという音で何処を進んでいるのかなんとか分かる。

「ハル、いっぱい罠を食べているみたいだけど作った人が誰かとか分かるのかな?」

 声をかけてみるとポコポコと音を立ててハルは話した。

『うーンと、あるじとオんなジかたちのじゃナイよ』

『うーんと、食べたことアるカモ』

 食べた事がある。つまり【捕食】した記憶または経験があるという事だ。人工物と言ったがハルには人間を捕食させた覚えはない。ならばこの罠は魔物製、きっとゴブリン手製の罠なのだろう。ならばこの森はゴブリンの住処があり活動域なのだろう。

『うー?オナジあじ、アッチからかんじる』

 ハルはそう言って進む方向を変えた。何を見つけたのだろうかとあの子の進む先を【鑑定】した。ハテナマークの幻が見えるがその先から明らかな魔力の気配と血がより濃くなる。

「ゴブリンが血祭りにあげてるのか?」

 少し警戒しながら向かった場所は開けた場所で木々がそこに倒れ伏す血塗れの牙獣を避けるようにして成長しているようだった。

 頭から尾の先まで傷の多い獣は私とハルの存在に気がつくと唸りを上げて威嚇いかくした。

「ハル、この獣は怪我をしているから直すことは出来るかな?」

『できるよ』

 警戒心ある獣は私とスライムが近づくのを嫌がって動くが出血が止まらずまともに立てやしないようだ。

「恐れないで、私たちはアナタを癒すんだよ」

 そう獣に伝えると獣は牙を剥き出して話した。

「もうこれ以上は生きたくない、触るな」

 生きたくないらしいその獣は私を睨む。その獣は私と同じ赤い瞳が爛々と輝いていた。獣も私の顔を見たようでしばし考えて言葉を紡ぐ。

「お前人間の姿形のくせして魔王に好かれず人間にも忌み嫌われたのか」

「魔王に愛されるのは獣だけなの?」

「魔王は創るで我らを愛しはしない。お前は魔王と同じ姿をしているのに何故こんな場所にいる」

 この獣は非常に知能が高く情報も持っているらしい。ならば尚更なおさら死なせるわけにはいかない。

「ハル、この子を治してあげて」

『わかった』

「おい、俺はもう長生きする気などない」

「いいや、アナタは私にとって必要な子よ。それに私は魔王に創られたんじゃあないよ。私は人間でこの姿なの」

「……おぞましい姿に生まれて哀れだな」

『あるじぃ、おおきいからたくさんジカンほしいよ』

「嗚呼、そうだね。よろしくハル」

 何が何でも回復する気の私と、それが嫌な獣。しかし私の姿を哀れんだ末私の要望を半ば諦めがちに承諾した。

「話すのも疲れた。好きにしろ……」

「あら、生きてくれるの?私はとても嬉しい」

「…………このまま眠る」

 大人しくなった大きな獣の頭を撫でてハルの回復施術が速くなるようにと手持ちの回復作用のあるキノコと薬草を取り出して頭から取り込ませる。溶け出す薬草とキノコの効果で回復薬を浴びせる量が多くなる。この獣の状態は如何だろうか。私は手負いの獣に【鑑定】をする。


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 名前 ーー

 レベル 698

 種族 雷狼牙

 年齢 412

 HP 4792/39685

 MP 38438/38513

 固有スキル【雷魔法】

 スキル【咆哮】【風魔法】

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 随分と長寿の獣らしい。体力だけ消耗しょうもうしていたが今はハルの回復薬によって大分元気になっている。

『もぅ……うーぅ……』

 獣の臀部でんぶに乗っていた丸いクッションが力尽きてコロリと転がった。MP不足か。抱きかかえるついでにこの子のMPを確認する。


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 名前 ハル

 レベル 21

 種族 スライム

 年齢 6日目

 HP 4790

 MP 0/3250

 固有スキル【捕食】

 スキル 【回復薬生成】【主従念話】【察知】

 主人 ヨメタニ ハルカ

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 おや、ハルは罠を【捕食】したことによってレベルを上げたようだ。察知するのは外敵からか、それとも罠のみ適用なのか。まあこの子が起きてから尋ねよう。

「命を助けたんだ、お礼にこの森を抜けさせて欲しい」

「……構わないがその哀れな姿でどう生きていくんだ」

「心配してくれるの?なるべく平穏に生きてみようと思う」

「無理だ。魔王に似た人間よ、無防備はいつか時間を掛けてお前を殺すぞ」

「……なら、お前が守ってやくれないか?ハルもまだ子供だから私一人では自分の命を守りきれない」

 獣は沈黙するので私が更に声をかける。

「延命してあげた恩を命で返して欲しい。お前が死んだらその毛皮で生涯生き抜いてみせるよ。もしかしたら早死に出来るかもよ」

 その言葉を聞いて獣は笑った。

「愚かで卑劣ひれつで生き汚い。人間の形で魔王の様におぞましい。滑稽こっけいで逆に面白い」

「良いだろう。俺の背に乗れ、森を抜けよう」

 伏せていた状態の獣の背に乗るとすくっと立ち上がる。獣の毛が白銀に輝き煌々こうこうと青白く発光する。こんな獣は初めて見た。

「お前珍しいから私と主従契約しないかい?」

「ふむ。…………まあいいぞ」

 長い沈黙の後に承諾してくれたが、これは望み薄い反応だった。

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