人体革命(新筋肉世代)

内藤 まさのり

人体革命(新筋肉世代/NMG)

西暦2050年、人類は『人体革命』と呼ばれる、爆発的な進歩を遂げた生理学の恩恵を受けて、それ以前の人類とは異なる〝NMG(ニュー・マッスル・ジェネレーション)〟に進化していた。

 

 西暦1990年代、人類は生物の進化・改良を遺伝子操作に求めた。それは植物などの改良には広く浸透し、人類はその恩恵を受けることが出来た。しかし動物に応用する事に関しては言えば、これは宗教に密接に関係していると思われるが、『倫理的』という言葉で括られる拒否反応が強く、補助費の削減などの理由で、研究の芽は摘まれていった。研究者たちは次第に研究意欲を無くし、遺伝子にまつわる研究は廃れていった。

 ところが人類が自分達をより優れたものに進化させたいという欲求まで廃れることはなかった。人類は人類を進化・改良する別のアプローチに注目した、それはiPS細胞だった。

 

 しかしiPS細胞は、当初、再生医療が目的であった。2000年頃からクローズアップされだしたこの研究は、内臓の怪我や疾患などに対して、iPS細胞によって生成された人工の臓器の一部で患部を置き換える、という医学的治療を目的に進められていた。そして割と早い段階で、臓器の一部を生成するという事には成功するに至った。しかし当然次の段階として位置付けられた〝一つの機能を持った臓器を一つ丸ごと生成する〟という目標は、様々な障害が立ち塞がり十分な研究結果をなかなか上げることが出来なかった。

 このようなiPS細胞の再生医療における足踏み状態を横目に、この研究を密かに別の分野で発展させようとした国が現れた。ただそれが公になったのは西暦2040年頃であった。時間を遡るが2030年頃、その最初の変化はほんの些細なもので、その裏にある事実には誰も気付かなかった。

 


 更に時間を遡るが、ある権威主義的国家が1980年代から2010年代にかけてスポーツの世界においては常に強豪国として君臨していた。オリンピックでも常に国別の金メダル争いに加わっていたのだが、西暦2010年代の中頃、国ぐるみでドーピング(薬物による身体能力の増強)を行っていることが発覚した。オリンピック委員会を筆頭に、各種のスポーツイベント運営団体がこの国に所属する選手に対して出場停止などの制裁を課した。しかし証拠や証言を突きつけられてもこの国は自分達の行いを認めなかったことから、その制裁は西暦2030年頃まで続いた。最終的にはこの権威主義国がドーピングについて厳格にルールを守ると宣言したことで制裁は解除された。

 

 制裁解除後しばらくは、流石にブランクもあり、スポーツイベントでこの国の選手が活躍することはなかった。しかし制裁解除から5年後、西暦2035年頃になると、各種スポーツイベントにおいて、この国の選手が上位を独占する状況になった。その勢いは国をあげてドーピングに手を染めていた頃以上のものであった。

 当然他の各国はこの国が再度巧妙にドーピングに手を染めたのだと考えた。しかし厳重なドーピング検査を実施しても体内から不正薬物は検出出来なかった。注目の権威主義国の指導者は「長い間虐げられた自国のアスリートが、リベンジに燃えて研鑽を積んだ結果だ。」と自国民を褒め称えた。

 

 だがついにこのカラクリが暴露される時が来るのだが、人々は最初その内容を信じることが出来なかった。何故ならその内容が〝人体改造〟つまりiPS細胞で筋肉や神経を生成し、それを手術で人体に埋め込むことで身体能力や反射神経を向上させるというものだった。確かに西暦2000年代初頭でも、筋肉組織や神経組織といった細胞の造成には成功していた。しかし医師を中心とするこの分野の研究者達には、再生医療で病気の治療をするということは頭にあったが、臓器に比べると造成が簡単な筋肉組織などを、健康な人の体に埋め込み、通常人が持つ以上の機能を引き出すという考えはなかった。しかしスポーツの世界で捲土重来を期すこの権威主義国に取って、この人体改造による身体能力の向上は、ドーピングに代わってスポーツでこの国に威信を取り戻すことができる危険な魔法であった。


 当然ではあるが再びこの国は世界中から糾弾され、各種スポーツイベントから締め出しを喰らうことになった。しかしその裏で逆の動きが始まっていた。世界において強国と呼ばれる他の国々が、競ってこの人体改造に携わった医師たちをリクルートし始めた。またこの国の国内で密かに行われていた研究のデータも奪い合いになった。 

 そして各国は人体改造レースに突入する。もちろん人体改造技術に対して倫理的に問題があるという声も上がった。しかし例の権威主義国では、アスリートが自分の成績を上げるために自ら望んで人体改造を受けていたことが公になると、批判の声は下火になった。するといよいよ歯止めはなくなり、あらゆる分野でこの人体改造が試された。

 先ず後発的なスポーツ選手への活用が見られた。陸上、水泳といった、タイムに挑戦するような競技に一気に広がり、各国のナショナルチームのメンバーは軒並み人体改造手術で筋肉増強をおこなった。そして例えばベースボール(野球)といった一見筋肉増強が即成績の向上につながるとは思えないスポーツにおいても、体の各所に手術で人工筋肉を移植する者が現れた。当初そのような方法で簡単に成績が向上することはないだろうという意見が大半だったが、筋肉手術を実施した者のうち何人かが好成績を残し出すと、我も我もと追従者が現れた。このような状況は他のスポーツにも広がり、ついにはボクシングといった格闘技にまで侵食していった。

 そして当然の流れとして軍事面にも転用されていった。全員が筋肉増強手術を受けた、強化人間部隊が創設され話題となると、警察などでも特殊部隊所属のメンバーが筋肉増強手術を受けた。


 こうした一連の動きは、幸いにもiPS細胞の研究が当初目指した再生医療の進歩にも大きく貢献した。計り知れない数のサンプルを一気に得たことで、今世紀の初め頃には困難だった〝一つの機能を持った臓器を一つ丸ごと生成する〟ことが難しいことではなくなっていた。


 そして西暦2050年には心臓をはじめとする各種内臓の疾患には、iPS細胞から造成された〝一つ丸ごとの臓器〟と臓器ごと交換することが当たり前のこととなり、同時に、筋力の年齢的な衰えや、強化しようと考える部位に合わせて日常的に人体改造を行う時代が到来していた。


 のちの人々は、この急激な変化を『人体革命』と呼び、貧困に喘ぐ人や自分の信条として人体改造を行わない人以外、ほとんどの人間が当たり前に人体改造を行うこの世代の事を〝NMG(ニュー・マッスル・ジェネレーション)〟と呼んだ。


おわり

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

人体革命(新筋肉世代) 内藤 まさのり @masanori-1001

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ