雨漏り

譚月遊生季

雨漏り

 ぴちゃん、ぴちゃん。


 今日も、雨漏りの音がする。


 ぴちゃん、ぴちゃん。

 ぴちゃん、ぴちゃん。


 ぴちゃん……




 ***




 いつの頃からだったかはわからない。

 子ども部屋の天井の方から、雨漏りの音がするようになった。


 ぴちゃん、ぴちゃん。


 父に相談し、屋根裏を見に行ってもらったけれど、特に破損した箇所はなかったらしい。

 それに、その音がするのは、特に雨の日とは限らなかった。


 ぴちゃん、ぴちゃん。


 雨が降っていなくとも、修繕箇所しゅうぜんかしょが見つからなくとも、毎晩のように雨漏りの音は聞こえ続けた。

 やがて私は、その音を当たり前のものとして受け入れた。特にうるさいわけでもないし、気にしなければどうということはない。


 ぴちゃん、ぴちゃん。


 その後も、原因がよくわからないまま、雨漏りの音は続いた。

 父や母は、見えないところで水道管か何かから垂れているのかも……だとか、結露した水滴が云々とか、色々仮説を立てていたように思う。


 ぴちゃん、ぴちゃん。

 ぴちゃん……




 ***




 やがて私は成長し、他県に進学をした。大学への距離が遠いため、生家を離れて学生寮に入ることに。

 入寮手続きも引越しも終わり、寮での初めての夜。

 聞き慣れた音で目を覚ました。


 ぴちゃん、ぴちゃん。


 間違いない。

 それは幼い頃より幾度となく聞いた、雨漏りの音だった。


 どうして?

 確かに聞き慣れた音だ。当たり前のように、慣れ親しんだ音でもある。

 けれど、実家から遠く離れた寮で、その音が聞こえるのはなぜ?


 ぴちゃん、ぴちゃん。

 ぴちゃん、ぴちゃん。

 ぴちゃん、ぴちゃん。


 その夜は、ろくに眠れなかった。




「あ、あの」


 翌朝、勇気を出して同室の先輩達に尋ねてみた。

 私が二段ベッドの下から顔を出すと、横になっていた先輩達は片方はスマホから、片方は参考書から、私の方へ視線を移す。


「ここ、雨漏りしてますか?」


 私の質問に、二人の先輩は揃って首を傾げた。


「なんで?」


 二回生の方の先輩が、いぶかしげに聞いてくる。


「ここ、そんなに古くないはずだけど?」

「え、えっと……。昨夜、音が聞こえて……」


 私の返事に、四回生の方の先輩は首を傾げた。


「そんな音、一度も聞いたことないけどなあ……」




 ***




 ぴちゃん、ぴちゃん。


 今日も、雨漏りの音がする。

 おそらくは……私にしか聞こえない、雨漏りの音。


 そういえば、父が屋根裏を見に行った時も、「雨漏りの音がする」と言ったのは私だけだった。

 子ども部屋で寝るのは私一人だったから、確認することなんてなかったけれど……

 もし私に兄弟姉妹がいれば、もっと早く確認できたのかもしれない。いいや、そんなことは今どうだっていい。


 この音は、いったい何?


 ぴちゃん、ぴちゃん。


 そういえば、この音が聞こえるのは決まって夜中だったような気がする。

 いつも、ベッドに入って、寝ようとする時にしか聞こえなかった。


 ぴちゃん、ぴちゃん。

 ぴちゃん、ぴちゃん。


 住居を変えても聞こえるなら、私の耳が原因なのかな。近いうちに、耳鼻科に行った方がいいのかもしれない。

 ……嫌だな。悪い病気だったらどうしよう。

 考え事のせいか、なかなか寝付けない。聞き慣れたはずの音も、やたらと耳について離れない。


 ぴちゃん、ぴちゃん。

 ぴちゃん、ぴちゃん。

 ぴちゃん、ぴちゃん。


 ぴちゃん……


 目を開け、寝返りを打つ。寮の二段ベッドは慣れなくて、空間がやたらと狭く感じた。「天井」までの距離が近いのも関係しているかもしれない。

 長い髪が隙間から垂れている。上に寝ている先輩の髪だろうか。抗議しようとして、部屋の向かい側の二段ベッドが先輩達の寝床だと気付いた。

 あれ。じゃあ、今……上にいるのは誰?


 ぴちゃん。


 生ぬるい水滴が頬に落ちた。むわっと、鉄さびのような臭いが辺りに漂う。

 恐る恐る、目をらす。




 目が合った。

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雨漏り 譚月遊生季 @under_moon

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