詐欺師は筋肉に負ける。

酸味

第1話

 ぼくには筋肉があまりない。というか身長もない。言い方を良くすればぼくは華奢で中性的、性別不詳の魅力がある。言い方を悪くすれば、ちび、貧相。平均的に言ったらば、ただ細い。

 そういうぼくには人に言えない趣味というものを持っている。例えばそれは集団強盗とか、変な薬を吸ったりだとか、食べ物に変ないたずらをしたりとか、そういう反倫理的な行動をしているわけじゃない。ぼくのはそれの、大体二回りくらいはまともな趣味を持っている。

 ぼくの趣味は女装である。ぼくの背は低いし、ぼくの筋力はないし、なんだったら声もさほど低いわけじゃない。一般に男性的な魅力として挙げられるようなものに、ぼくは全く恵まれていない。けれどそれは女装すると反転、一般に女性的な魅力として挙げられるようなものに近しくなる。男としては天に見放されたぼくであっても、女装男子としては神の寵愛を一身に受けているのである。じっさいぼくの女装は神懸かっているといってもいいだろう。

 しかしここで一つ皆様方の心中に疑問が生じたのではなかろうか。ぼくは先ほど女装と反社会的な趣味とを比較して、大体はまともな趣味であると言った。しかし、しかしぼくのように全く神がかった女性美をもったぼくの女装が、なぜ犯罪行為と二回りしか違いがないはずがないだろう、普通に考えれば。

 この一件についてはぼくは黙秘権を行使したい。現行法を見てみれば黙秘権は認められた権利である。だからぼくは口を目いっぱい閉じる。


「お前が言わないのなら言ってやるよ。お前はちびで筋肉もなくて、普段は誰からも見向きもされない奴で、そのくせ人一倍承認欲求がある。だからこそ女装して、ナンパ待ちして楽しんでたんだろ。違うか?」

 目の前にいたのは高身長で、色白で、ファンタジーの生き物みたいな美形の、細身のくせに筋肉のある生き物。それが、見た目からは全く想像もできないような力でもってぼくを押し倒し、気持ちの悪い美しさと、禽獣のような鋭い目でぼくを威圧していた。


「もしお前が心の底から出会いが欲しかったのなら、そんな態度はとらないだろう。俺の美貌に魅了されたというのなら、お前が男だとしてももうすでに股を開いているはずだ。そのどちらでもないのならば、お前は女装癖の変態で、男釣りをするような性悪だ」

 なんて、なんて気持ちの悪い言葉を吐き捨てているのだろうか。女ならば誰もが俺様に股を開き、そうでなければ女装男子。股を開かなければ変態。いったいどんな育ち方をすればここまで気持ちの悪い価値観が生まれるのだろうか。

 確かにぼくが女装男子だということはあっている。けれどぼくは変態ではないし、もしぼくが女だったらばこいつは途方もないうつけである。そしてそのくせ、やはり気色の悪い美貌が、そのセリフの気持ち悪さを、なにか新世界の未知なるスパイスが提供する、危険で刺激的な感覚を押し付けてきていることを実感した。

 美が、これの本質的なおぞましさというものを包み隠していた。

 しかしそれでも、黙っているだけならばまだよかった。


「まあ、お前が口を開かないというのなら、口を開かせるまでよ」

 それが上着のボタンに手を付けたとたん、沈黙という作戦が無意味だということを理解した。そしてまた、物理的な抵抗というものも無駄だと理解させられた。


「まったく、そんななりをして存外じゃじゃ馬なんだな。まったく、まったく、滾ってくる」

「くそ、この、ホモ野郎、放せよっ! 気持ち悪いんだよ!」

 怪しく光る眼、どんどん外されていくボタン。こんな状況で、どうすれば声を上げずに済んだのだろう。暴れても押さえつけられて、暴れなければ気色の悪い野郎と気色の悪い行為に及ばなければならなくなる。


「ははは、誘ってきたのはそっちじゃないか」

「知らないよ! こっちはあんたがホモ野郎だなんて知らなかったんだから! この、詐欺師! くず! レイプ魔!」

 膝でこれの腹を蹴る。硬い腹筋に止められる。拘束された腕に思い切り力を入れる。全くびくともせず、むしろ力強く握られて痛い。


 こんな性格の悪い、半ば詐欺師みたいなのがいるだなんてぼくにはまったく信じられなかった。

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