婚約者様は何処に

翠雨

第1話

 整えられた花壇を見ながら歩く。きれいな花を見て、憂鬱な気分が晴れればいいのに。

 外の空気を吸おうと思い、王宮で催されている賑やかなお茶会を抜け出してきたところだ。

「もうお父様が決めてくれればいいのに…。」

 来年には成人を向かえるフローラは、ハリソン侯爵家の一人娘である。侯爵家の当主となることができる、実務能力が高い婿が必要だった。周りの令嬢は婚約者が決まりはじめているのに、フローラはまだだ。

 貴族にはしては珍しい恋愛結婚をした父と母は、今も仲が良く、フローラにも好きな人と一緒になってもらいたいと思ったのだ。

「どうしたらいいのよ。」

 父や母の思惑とは裏腹に、お茶会でのフローラは、野心家の男性に囲まれてしまい、目を白黒させるばかりであった。

 侯爵家という爵位や地位が魅力的なのだろう。

 同じような顔で微笑み、同じような文句で誘う、細身できれいな顔立ちの令息たちが、フローラには見分けがつかなかった。

「可愛いとか、綺麗だとか、思ってもいないことを言って…。」

 フローラは、絶世の美女というわけではないが、きれいな顔立ちの小柄な女性であった。しかし、ギラついた目で誉められても怖いだけである。

「あぁ、別に愛の無い結婚も有りではないかしら。」

「無くてもいいけど、あった方が良いよね。」

「きゃ!!」

 茂みの向こうから聞こえる優しげな声に、小さな悲鳴を上げる。

「すみません。驚かすつもりはなかったんです。お見苦しい格好で申し訳ありません。」

 ガサガサ!っと茂みを掻き分けて出てきたのは、背の高い優しげな表情の茶髪の青年だった。歳はフローラと同じくらいだろうか。

 手には模造刀を持ち、額には汗が光っていた。

「ふ、きゃっ!!!」

 令嬢とは思えない声を上げそうになって、なんとか可愛らしい悲鳴に修正する。

 フローラは、青年の腕に目を奪われていた。


 男の人の腕って、皆あんなに太いのかしら?


 父の腕は見たことがあるが、それとは太さが違う。


 良く見ると、胸板も厚くて、えっと、何て言ったらいいのかしら、立体感がすごいわ。

 はしたないからやらないけれど、ちょっと触ってみたい気もするわね。


「あの、貴方はここで何を?」

 わかりきったことを聞いている自覚はある。何か話しかけなければと思ったのだ。

「剣の鍛練をしていました。お嬢様は気晴らしでしょうか?」

 お茶会会場の方に目をやった。お茶会が催されていることは知っているらしい。

「貴方は参加しないのですか?」

 お茶会に彼がいればと思ったが、他の令息のように張り付けた笑顔で話しかけられたら、耐えられそうにない。

「私は、まだ参加できる立場では御座いません。」

 諦めたような寂しそうな顔だった。王宮の庭にいる時点で貴族なのだろうから、参加資格はあるはずなのに。

「貴方のお名前は?」

「名乗るほどの者ではありませんよ。」

 優しげに微笑んだ。自分をアピールする令息たちにうんざりしていたフローラにとって、彼の対応は新鮮だった。


「お嬢様。ここにいらっしゃったのですね。会場にいらっしゃらないので心配しました。」

「あら、ごめんなさい。息が詰まってしまって、外の空気を吸いに出たの。彼の剣の鍛練を、お邪魔してしまったわ。」

「あら、貴方は!?お嬢様がお世話になりました。」

 私の従者が深々と頭を提げることから、彼の身分は低くないようだ。

「こちらこそ、有意義な時間を過ごさせていただきました。」

 彼は優雅にお辞儀をした。



 帰りの馬車のなか、どうしても気になったことを従者のアンナに聞いた。彼女なら何を聞いても大丈夫なのだ。

「男の人って、皆あんなに、ゴツゴツっていうのかしら?こう、太いっていうのかしら?えっと…。」

「筋肉質っておっしゃりたいのでしょうか?」

「えぇ。皆、あんな感じなのかしら?」

 今日、あまりいい印象を受けなかった令息たちも、男らしい腕をしているのなら、私も考え直さなければならないかもしれない。

「さっきの方は、かなり鍛えていて素敵でしたね。」

 アンナが微笑ましそうに笑うから、頬が熱くなった。

「そういう意味ではないのよ!」

「大丈夫ですよ。彼ならお嬢様のお相手としても、不足は御座いません。」

「そういう意味では!」

 顔が火照って、どうしようもない。



 その後、家で開かれた身内だけのお茶会に、彼が招待されていたのだ。

 服の上からでもわかる筋肉美に目を奪われる。

「私、第7王子のレオルドと申します。本日はお招きいただきありがとうございます。」

 確か、あのお茶会には、彼のお兄様方が出席されていたから、彼は気を使って出席しなかったのね。

 彼が、身分も良く七男であることにホッとした私も、随分と嫌な女よね。

 そう思いながらも、差し出された彼の手に自分の手を重ねた。



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